「車、崖の上に動かしてくる」
そう家族に伝えて家を出た58歳の女性は、そのまま帰らぬ人となった──。
カムチャツカ半島沖で発生したマグニチュード8.8の巨大地震に伴い、日本にも津波警報・注意報が発令された7月30日。
避難のさなか、三重県熊野市で1台の車が崖から転落し、運転していた女性が命を落とした。
“避難しようとして、命を落とす”。
この矛盾を私たちはどう受け止めればいいのか。
そして、災害時の「正しい判断」とはどこにあるのか──。
◆「車が崖から落ちている」──目撃通報で判明した悲劇
2025年7月30日午前10時すぎ、三重県熊野市甫母町(ほぼちょう)で「車が道を外れて崖から転落している」との通報が119番に寄せられた。
警察・消防が現場に駆けつけたところ、軽自動車が約20メートル下の崖下に転落しており、運転していた市内在住の磯崎明美さん(58)が心肺停止の状態で発見された。
磯崎さんは搬送先の病院で死亡が確認され、警察は「避難中に起きた事故の可能性が高い」とみて、事故の詳細を調べている。
◆津波警報発令中の事故──本人は「車を動かす」と家族に連絡
この日、日本列島はカムチャツカ半島沖M8.8の地震によって津波警報・注意報が発令中だった。
熊野市にも警報が出ており、磯崎さんは家族に対して、
「車を崖の上に移動させる」
という趣旨のメッセージを残していた。
この連絡から見えてくるのは、彼女が津波の接近を真剣に受け止め、車を高台へ避難させようと行動していたということである。
しかし、その途中でハンドル操作を誤り転落した可能性が高いと警察はみている。
◆「避難中に命を落とす」という矛盾と悲しみ
磯崎さんの行動に、過失はない。むしろ責任感と危機意識の高さがにじむ。
だからこそ、避難の途中で命を落としてしまったという事実が、より一層やるせなさを残す。
「自分も、車も高台へ」。
そう判断した彼女の選択は、きっと家族や地域のためだったのかもしれない。
しかし結果的にそれが命を奪う事故につながってしまった──。
◆災害時の「安全な避難」とは何か
この事故は、災害時に私たちが取るべき「避難行動」について、改めて問いを投げかけている。
- 津波避難では車による避難のリスクがつねに存在する
- 崖沿い・山間部では、狭い道やカーブによる転落事故の可能性も高い
- 緊急時ほど「モノを守る行動」よりも、「自分の命を守る判断」が優先されるべき
また、「車を移動させたい」という気持ちは、過去の被災経験(車が流された/失われた)によって生じる“記憶の教訓”である場合もある。
だが、今回のケースが物語るのは、その教訓の先にある“新たなリスク”の存在である。

「せっかく避難しようとしてたのに…悔しいブー…。
ブクブーも、災害時は「人命第一」で考えるってこと、忘れないようにするブー。」
◆私たちは何を学ぶべきか──「正しい避難」とは行動だけでなく“判断”でもある
今回の事故は、誰にでも起こり得る“善意と危機意識のすれ違い”だった。
磯崎さんは責任感ある判断をしていた。だが、その判断の結果が命を奪った。
これは防災の“正解”が単純ではないことを物語っている。
命を守る行動とは何か。どう判断し、どう伝えるか。
津波や地震のたびに、私たちはこの問いと向き合い続ける必要がある。
磯崎明美さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
彼女の行動と判断が、今後の私たちの避難行動を少しでも安全なものにする「記憶」になりますように。
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