私たちは毎日、「ティッシュ取って」と当たり前のように言っています。
しかし箱をよく見ると──そこには「ティシュー」と書いてある。
誰も「ティシュー」とは言わないのに、
なぜ製紙会社はこの表記を頑なに守り続けているのでしょうか。
その裏には、英語文化の名残り、業界の伝統、
そして日本語が育んだ“生活音の美学”が隠されていました。
「書いてティシュー、話してティッシュ」。
この小さな違いが映すのは、
言葉と文明が共に成熟してきた日本の姿かもしれません。
第一章:なぜ「ティッシュ」と読んでいるのに、箱には「ティシュー」?
あなたは毎日、何気なく「ティッシュ取って」と言っていませんか?
しかし箱をよく見ると──「ティシュー」と書いてある。
この“発音と表記のズレ”、気づいても誰も深掘りしません。
でも実はここに、言語の進化・企業文化・そして戦後日本の歴史が詰まっているのです。

「えっ、“ティシュー”って誰も言わないのに、書いてあるブー!」
第二章:「ティッシュ」の語源は“織物”だった
英語の tissue(ティシュー)は、もともとフランス語の「tissu(織物)」が語源。
「織られたもの」という意味から、薄く柔らかい紙を指すようになったのです。
英語発音では「ティシュー(tíʃuː)」が正解。
でも日本人にとってはこの“シュ〜”の音がどうにも馴染まない。
そのため日本語では、
ティシュー → ティッシュ(発音しやすい形)
へと変化しました。
つまり「ティッシュ」は日本語的な略音形なのです。
第三章:「ティシュー」表記のルーツは業界の“英語信仰”
1964年、日本に初めて「ティッシュペーパー」が登場します。
発売したのは、現在の日本製紙クレシア。
商品名は──
「クリネックス ティシュー」
この表記、実は英語名 Kleenex Tissue をそのままカタカナ化したものでした。
つまり、最初に日本でティッシュを作った会社が“ティシュー”表記を選んだ。
それが業界の慣習になってしまったのです。

「最初に“ティシュー”って書いちゃったから、みんな真似したブー!」
第四章:メーカー別の“表記哲学”を探る
では、実際の各社はどうしているのか?
パッケージを覗くと、そこには微妙な個性の違いが見えてきます。
メーカー | パッケージ表記 | 理由・背景 |
---|---|---|
日本製紙クレシア(Kleenex・Scottie) | ティシュー | 英語発音に忠実。創業時からの伝統を継承。 |
大王製紙(エリエール) | ティシュー | 英語 tissue に基づく正式表記。品質イメージ重視。 |
王子ネピア | ティシュ | 行政表記「ティシュペーパー」に合わせた簡潔表記。 |
つまり──
どの会社も「英語の正式表記」に寄せているのです。
カタカナは違っても、「tissue」への敬意は共通しています。
第五章:なぜ“ティッシュ”は消えなかったのか──言葉が暮らしに定着する瞬間
「ティシュー」と書かれているのに、誰もそう呼びません。
それでもメーカーは変えず、私たちも特に違和感を覚えることもありません。
この“ズレ”こそ、言葉が暮らしに根を下ろす瞬間。
言葉は、辞書で決まるものではありません。
人が使い、口にし、響きを共有することで生き続けるのです。
「ティッシュ」という響きは、短く、やわらかく、呼びかけやすい。
母音が連なる“シュー”より、子音で閉じる“ッシュ”の方が日本語話者には安定して心地よい。
そんな微細な音感の違いが、日常の会話の中で淘汰され、
結果的に“ティッシュ”が生き残ったのです。

「言いやすい方が勝つブー! 言葉も生き物だブー!」
さらに「ティッシュ」は、家族や友人との会話の中で定着した音でもあります。
「ティシュー取って」と言うより、「ティッシュ取って」の方が自然で、
温かい生活のリズムに溶け込む。
こうして「ティッシュ」は“呼ばれやすさ”と“親しみやすさ”の両面で
日本語の中に定着しました。
そして正直、メーカーの担当者自身も、
「パッケージではティシュー、でも口ではティッシュ」
と使い分けているそうです。
いわばそれは、翻訳語でも借用語でもなく、
日本の生活語としての“ティッシュ”なのです。

「なるほどブー、フォーマルとカジュアルの違いみたいなもんだブー!」
結び:「ティシュー」の“シュー”に宿る小さな誇り
商標でもルールでもなく、ただ文化の結果。
けれど、その“シュー”には、
英語文化への敬意と、日本語の柔らかさが同居している。
「ティシュー」と書くことは、
正しさを守ることでもあり、
「ティッシュ」と呼ぶことは、
日常に寄り添うことでもある。
約60年のあいだ、
そのふたつの美学を矛盾させることなく共存させてきた。
それはきっと、
異なる言葉を受け入れ、柔らかく変えていく人間の知恵だ。
- 「ティシュー」は英語 tissue の正式音写
- 「ティッシュ」は日本語化された発音
- メーカーは“原語に忠実な表記”を重視
- 消費者は“言いやすい発音”を採用
→ 書く時フォーマル、話す時ナチュラル。それが日本語の美学。
どの国にもある「言葉のゆれ」。
日本のティシューには、その“ゆれ”を楽しむ文化が宿っている。

「次からティッシュ取る時、ちょっと誇らしくなるブー!」
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