2025年11月12日。一台の乗用車が起こした追突事故の捜査に、一つの節目が訪れた。静岡県警が、俳優・広末涼子(45)を過失運転致傷容疑で書類送検する方針を固めた、と報じられたのだ。
そして、事故当時の推定速度は「185キロ近く」。それは、多くの人々の想像を絶する、あまりにも重い現実だった。
しかし、時計の針を、わずか1ヶ月ほど前に戻してみよう。
10月4日深夜、TBSのバラエティ番組『オールスター後夜祭’25秋』のスタジオは、大きな笑い声に包まれていた。「時速165キロを出したことがないのは誰?」というクイズの選択肢に、広末さんの写真が映し出され、事故が笑いのネタとして消費されたのだ。
この放送に対し、広末さんの所属事務所は「名誉を著しく毀損する」と、TBSに正式に抗議した。
「165キロ」という不確かな情報を笑ったテレビ番組と、その数字に抗議した事務所。そして、その全てを飲み込むようにして捜査が明らかにした、「185キロ」という深刻な事実。
本稿は、このねじれた時間軸の中で起きた全ての出来事を再構築し、一つの事故が社会に突きつけた、真の重みに迫るレポートである。
第一章:送検へ──捜査が暴いた「185キロ」という現実
まず、静岡県警の捜査によって明らかになった、事故の客観的な事実関係を整理する。
- 発生日時・場所: 2025年4月7日、新東名高速道路・上り線、粟ヶ岳(あわがたけ)トンネル内。
- 事故の状況: 広末さんが運転する自家用車が、走行車線を走っていた大型トレーラーに追突。現場には、目立ったブレーキ痕はなかった。追突の衝撃で、広末さんの車は壁に衝突し、その後、追い越し車線まで弾き飛ばされて停車した。
- 被害: この事故により、広末さんの車に同乗していた男性が負傷した。
- 推定速度: 捜査関係者によると、事故を起こした際の走行速度は180キロ台に及んでおり、一部報道では「185キロ近く」ともされている。
- 容疑: 静岡県警は、広末さんを「過失運転致傷」容疑で11月13日にも書類送検する方針を固めた。
特筆すべきは、当初、警察がより罰則の重い「危険運転致傷」容疑を視野に入れていた点だ。
しかし、現場が制限速度120キロの新東名高速であることから、180キロ超という速度が、危険運転の構成要件である「制御困難な高速度」とまでは断定できない、と最終的に判断したとみられている。
第二章:1ヶ月前の笑劇──「165キロ」を笑ったテレビと、抗議した事務所
この重い現実が明らかになる約1ヶ月前。この事故は、全く異なる文脈で世間の注目を浴びていた。
- クイズの設問: 10月4日深夜放送のTBS『オールスター後夜祭’25秋』で、「次のうち、時速165キロを出したことがないのは誰でしょう」というクイズが出題された。
- 4つの選択肢: 画面には、「1 大谷翔平」「2 佐々木朗希」「3 伊良部秀輝」「4 広末涼子」の4名の顔写真が並んだ。
- 放送内容: 正解は「3 伊良部秀輝」だったが、その解説として、司会者は「広末さんは事故を起こした際、ジープグランドチェロキーで時速165キロを出していたと報じられています」と発言。これに対し、スタジオからは大きな笑い声と拍手が送られた。

「ええーっ…!?まだ捜査が終わってない事故のことを、クイズにして笑いものにするなんて…。しかも、野球選手の豪速球と並べるなんて…。人の命にも関わる問題なのに、いくらなんでも不謹慎すぎるんだブー…。」
- 所属事務所の正式抗議: この放送に対し、広末さんの所属事務所は10月6日付でTBSテレビに内容証明を送付し、正式に抗議。公式サイトで発表した文書で、以下の点を厳しく指摘した。
- 情報の不正確さ: 放送で言及された速度は「公的機関からの発表によるものではない」。
- 捜査中の事件であること: 「現在も警察による捜査が継続中」の状況下で、本人が関わる事件を笑いの題材とすることは「極めて不適切」。
- 名誉毀損: この放送は「本人および関係者の名誉を著しく毀損する行為」である。
この時点では、メディアの倫理観を問う、事務所の正当な抗議に見えていた。
しかし、そのわずか1ヶ月後、この抗議そのものが、あまりにも皮肉な意味を帯びることになる。
第三章:抗議の向こう側──乖離する二つの“速度”
捜査の進展は、この問題を全く別の次元へと引き上げた。
乖離する二つの“速度”
- 165キロ: テレビ番組が「不確かな情報」を元にクイズにし、“笑い”の対象とした速度。
- 185キロ: 警察が数ヶ月の捜査の末に断定し、“送検”の根拠とした速度。
事務所が「不確かな情報」として抗議した「165キロ」という速度。しかし、その後の捜査で固まった容疑は、それを20キロも上回る「185キロ近く」という、さらに深刻なものであった。
この事実は、バラエティ番組が消費した数字がいかに軽い扱いであったか、そして、実際の事故がいかに危険な状況下で起きたか、という深刻なギャップを浮き彫りにした。
同時に、「名誉毀損だ」と声を上げた側が、実はそれ以上の過ちを犯していたという、極めて皮肉な構図をも生み出したのである。
第四章:複雑な背景──事故後の混乱と「病」の公表
この事故は、単なるスピード違反と過失に留まらない、より複雑な背景を抱えている。
- 病院でのトラブル: 事故後、広末さんは搬送された病院で、女性看護師を複数回蹴るなどしてケガをさせたとして、傷害の現行犯で逮捕された。その後、「処分保留」で釈放されたが、任意捜査は継続。この看護師とは、その後、示談が成立している。
- 病状の公表と活動休止: 5月2日、広末さんの個人事務所は、本人が専門医から「双極性感情障害など」と診断されたことを公式サイトで公表。気分が高揚する躁(そう)状態と、意気消沈するうつ状態を繰り返すこの病気の治療に専念するため、当面の間、全ての芸能活動を休止する方針を発表した。

「事故を起こして、病院でもトラブルになって…でも、その背景には『病気』があったかもしれない、ということなんだブーか…。何が本当の原因で、どこまでが本人の責任なのか、すごく複雑で、簡単に判断できない問題だブーね…。」
この公表により、事故やその後の言動が、本人の意思だけではコントロールが難しい、病気の影響下にあった可能性が示唆された。
終章:一つの事故が、社会に問いかけるもの
俳優・広末涼子をめぐる一連の出来事は、我々の社会にいくつかの重い問いを投げかけている。
一つは、メディアのあり方だ。捜査が続く中、公的発表に基づかない情報を元に、一個人の尊厳に関わる事柄を、いかに扱うべきか。特に、それが当事者の健康問題と複雑に絡み合う時、報道や番組制作に求められる倫理観とは何か。
そしてもう一つは、私たちが一個人の過ちを、どのように受け止めるかという問題だ。185キロという速度は、決して許されるものではない。しかし、その背景に「病」という、本人の意思を超えた要因があった可能性が示された時、私たちはその事実とどう向き合うべきなのか。
書類送検という一つの節目を迎える今、この事故が単なるスキャンダルとして消費されるのではなく、メディアの責任、そして、社会全体の寛容と理解のあり方を考える、一つの契機となるべきなのかもしれない。



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