なぜ我々はストローで飲むのか?──5000年前「最初の飲み物」から辿る、日常に潜む古代の発明

雑学
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カフェで、レストランで、あるいは自宅のリビングで。私たちは、ごく当たり前の所作として、細い管を液体に差し込み、それを口にする。

ストロー。それは、現代の私たちの生活に、あまりにも深く、そして静かに溶け込んでいる道具である。

しかし、私たちは、このシンプルな一本の管が、人類の歴史において、いつ、どこで、そして何のために生まれ、どのような旅路を辿ってきたのかを、ほとんど知らない。

なぜ、そもそも人類は、カップから直接飲まずに、わざわざ管を通して飲む、という行為を始めたのか。

本稿は、この日常に潜む小さな道具の壮大な歴史を、最新の研究と史実に基づいて解き明かすレポートである。

その起源は、私たちの想像を遥かに超える古代文明にまで遡り、そして、人類がストローを使って初めて口にした飲み物の「意外な正体」と、その切実な理由が、そこには隠されていた。


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第一章:驚くべき起源──5000年前、古代メソポタミアの発明

ストローの歴史は、プラスチックや紙が生まれるより、遥か昔に始まる。その最も古い考古学的な証拠は、紀元前3000年頃の古代メソポタミア、シュメール文明にまで遡る。

  • 世界最古のストローの発見
    • 現在のロシア南部、コーカサス地方のマイコープで発見された紀元前3000年頃の埋葬塚から、貴金属である金や銀で作られた精巧な管が複数出土した。 当初、その用途は不明であったが、管の内部から大麦のでんぷんの痕跡が発見されたことなどから、これが現存する世界最古のストローである可能性が極めて高いと結論づけられた。
    • また、古代メソポタミアの遺跡から出土した当時の様子を描いた円筒印章(ハンコのようなもの)には、人々が大きな壺に葦(あし)のような長い管を差し込み、かがみ込んで液体を飲む様子が、はっきりと描かれている。
  • 人類がストローで飲んだ、最初の飲み物
    • では、彼らは、この管を使って一体何を飲んでいたのか。その答えは、現代の私たちがストローで飲むジュースやソーダとは全く異なる、「ビール」であった。
    • 古代のビールは、ろ過技術が未熟であったため、原料である麦芽の殻や、発酵過程で生じる酵母などの固形物が、澱(おり)となって液体の表面や底に大量に浮遊・沈殿していた。
    • シュメール人たちは、この飲みにくい部分を避け、澄んだ液体部分だけを効率よく飲むために、ストローを発明した。 それは、まさに生活の知恵から生まれた、極めて実用的な道具だったのである。また、大きな壺で醸造されたビールを皆で同時に分け合って飲むという、共同飲用の文化があったことも、長いストローが使われた理由の一つと考えられている。
ブクブー
ブクブー

「ええーっ!?世界で最初のストローは、ビールを飲むためのものだったんだブー!?ジュースじゃなくて!?しかも、ゴミをよけて飲むためだったなんて、すごく意外で、面白いんだブー!」


第二章:近代ストローの誕生──一杯のミントジュレップと、発明家の不満

古代の発明から数千年の時を経て、ストローが再び歴史の表舞台に登場するのは、19世紀末のアメリカである。

POINT

ストロー発明、2つの動機

  • 古代(シュメール人): ビールの澱を避けるための「必要性」から生まれた。
  • 近代(M. ストーン): 飲み物の風味を守るための「快適性」から生まれた。
  • 天然の麦わらと、その欠点
    • 19世紀当時、アメリカでは、冷たい飲み物を飲む際に、天然のライ麦の藁(わら)をストローとして使う習慣があった。 しかし、この天然のストローには、無視できない欠点があった。長時間飲み物に浸しておくと、藁がふやけてしまい、飲み物に不快な“草の風味”が移ってしまったのである。
  • マービン・ストーンの不満と発明
    • 1880年代のある日、アメリカの発明家マービン・ストーンは、ワシントンD.C.で好物のミントジュレップを飲んでいた。彼は、ライ麦ストローのせいで、せっかくのミントの風味が台無しになることに、ひどく腹を立てた。
    • 元々、紙製のシガレットホルダーを製造していた彼は、その技術を応用することを思いつく。細長い紙を鉛筆に巻きつけ、接着剤で固定し、さらにその両端をパラフィンワックスでコーティングすることで、飲み物の中でもふやけず、風味を損なわない、世界初の「紙製ストロー」を考案した。
    • 彼は1888年にこの発明の特許を取得し、近代的な人工ストローの歴史は、この一杯のミントジュレップへの不満から始まったのである。

第三章:曲がるストローとプラスチックの時代──“利便性”という名の進化

マービン・ストーンの発明から半世紀、ストローはさらなる進化を遂げる。

  • 娘を想う父の発明、「フレキシブル・ストロー」
    • 1930年代、発明家のジョセフ・フリードマンは、幼い娘が、まっすぐなストローでミルクシェーキを飲むのに苦労している姿を見て、あるアイデアを思いつく。
    • 彼は、ストローにネジを挿入し、その周りをデンタルフロスで巻きつけて凹凸を作ることで、飲み口の部分が自由に曲がる「フレキシブル・ストロー(曲がるストロー)」を発明した。 この発明は、特に、ベッドで寝たまま飲み物を飲む必要がある病院の患者たちに歓迎され、広く普及していった。
ブクブー
ブクブー

「自分の娘さんのために、曲がるストローを発明したなんて、優しいお父さんだブー!小さな愛情が、世界を変える発明になるなんて、素敵だブーね!」

  • プラスチックの台頭と、使い捨て文化の定着
    • 第二次世界大戦後、安価で耐久性が高く、加工も容易なプラスチックという新素材が登場すると、ストローの主役は、紙からプラスチックへと急速に移り変わっていった。
    • 当初は何度も洗って使うことが想定されていたプラスチックストローだが、その圧倒的な低コスト化は、やがて「一度使ったら捨てる」という、現代の使い捨て文化を定着させる大きな要因となった。

第四章:そして、再び紙へ──環境問題が促す、歴史の回帰

20世紀後半、プラスチックストローは世界の隅々まで普及し、その利便性は揺るぎないものとなった。しかし21世紀に入ると、その“負の側面”が、地球規模の問題として浮上する。

  • 海洋プラスチックごみ問題
    • 使い捨てされたプラスチックストローが、適切に処理されずに海へと流出し、海洋生態系に深刻なダメージを与えているという事実が、広く知られるようになった。 特に、ウミガメの鼻にプラスチックストローが突き刺さった衝撃的な映像は、世界中に警鐘を鳴らした。
  • 再び、紙ストローの時代へ
    • この問題を受け、世界中の国や企業で、プラスチックストローを規制し、代替品へと切り替える動きが加速した。 そして、その代替品の主役として、再び脚光を浴びることになったのが、かつてプラスチックにその座を追われた「紙ストロー」だった。
    • もちろん、現代の紙ストローは、19世紀のものとは比べ物にならないほど改良されている。 しかし、人類が再び紙という素材に立ち返ったことは、ストローの歴史における、象-徴的な出来事と言えるだろう。

終章:一本の管が映し出す、人類の姿

ストローの歴史を辿る旅は、私たちに多くのことを教えてくれる。

それは、5000年前にビールの澱を避けるために葦の管を用いた、古代シュメール人の「生活の知恵」の物語であり、ミントの風味を守るために紙を巻いた、近代発明家の「探求心」の物語でもある。そして、プラスチックによる「利便性の追求」が、やがて「環境への責任」という新たな課題を生み出し、私たちに選択を迫るという、現代の物語でもある。

たった一本の、何の変哲もない管。しかしその中には、人類が、その時代時代に何を求め、何を発明し、そして、何に悩み、向き合ってきたのか、その全ての軌跡が、確かに刻み込まれているのである。

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