2025年12月1日、その年日本人が最も耳にし、そして最も心を揺さぶられた言葉が決まった。『現代用語の基礎知識』選、「2025 T&D保険グループ新語・流行語大賞」。年間大賞に輝いたのは、日本初の女性総理大臣となった高市早苗氏の、あの鬼気迫る所信表明だった。
「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」
働き方改革が叫ばれ、ワークライフバランスが常識となったこの令和の時代に、なぜこのあまりにも“昭和的”な滅私奉公を宣言する言葉が選ばれたのか。
本稿は、この「働いて×5」という異例の言葉が年間大賞に選ばれるまでの経緯と、同時に選ばれたトップ10の言葉たちを一つ一つ解き明かしながら、2025年という年が一体どのような時代であったのか、その深層を多角的な視点から読み解くレポートである。
第一章:2025年を象徴する、10の言葉たち
まず、30のノミネート語から選び抜かれた今年の「顔」である、トップ10の言葉を一覧で確認しよう。

| 受賞語 | 受賞者 |
|---|---|
| 【年間大賞】働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相 | 内閣総理大臣・高市早苗氏 |
| エッホエッホ | うじたまい氏(マルチアーティスト)、うお座氏(Xアカウント名) |
| オールドメディア | 青山繁晴氏(環境副大臣・参議院議員・作家) |
| 緊急銃猟/クマ被害 | 田澤道広氏(ガバメントハンター) |
| 国宝(観た) | 映画「国宝」製作委員会 |
| 古古古米 | 一般財団法人日本米穀商連合会 |
| 戦後80年/昭和100年 | 保阪正康氏(ノンフィクション作家) |
| トランプ関税 | 赤澤亮正氏(経済産業大臣) |
| 二季 | 立花義裕氏(三重大学大学院教授)、滝川真央氏(同大学院生) |
| ミャクミャク | 大阪・関西万博公式キャラクター・ミャクミャク |
| 【選考委員特別賞】ミスタープロ野球 | 長嶋茂雄氏 |
第二章:年間大賞、その光と影──「共感」した昭和世代と、「ド肝を抜かれた」経済界
なぜ「働いて×5」は年間大賞に選ばれたのか。その背景には、この言葉が現代日本社会の二つの全く異なる側面を、同時にそして鮮やかに映し出したからに他ならない。

- 発言の経緯:女性初の総裁・首相としての、決意表明
- この言葉が初めて国民の前に放たれたのは10月4日、高市氏が女性初の自民党総裁に選出された直後の演説だった。
- 彼女は「全世代総力結集、全員参加で、頑張らなきゃ立て直せない。全員に馬車馬のように働いていただきます」と呼びかけた上で、「私自身も、ワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いて、まいります」と、鬼気迫る表情で述べたのだ。
- 巻き起こった、賛否両論
- 【賛】:昭和世代からの共感。 選考委員の解説にもあるように、「仕事ってそういうものだったな」と共感した昭和世代も少なくなかった。初の女性総理として未曾有の国難に立ち向かう、その並々ならぬ覚悟の表明として好意的に受け止められた。
- 【否】:働き方改革への逆行。 一方で、働き方改革に取り組む経済界は「ド肝を抜かれた」。長時間労働の是正が社会的な課題となる中で、国のトップがそれを自ら奨励するかのような発言は時代錯誤であるという、厳しい批判も巻き起こった。
- 受賞式での釈明
- 12月1日の表彰式に青いジャケット姿で出席した高市総理は、「決して多くの国民の皆さまに働きすぎを奨励する意図はございません。誤解のなきようお願いいたします」と釈明。5回繰り返した意図を問われると、「その場の雰囲気です、大きな意味はございません」と笑顔で答えた。
- 時の首相の言葉が年間大賞に選ばれるのは、2009年の鳩山由紀夫首相(当時)の「政権交代」以来、16年ぶりの出来事であった。

「『働いて』を5回も!すごい迫力だったんだブー…。昭和のお父さんたちは『そうだそうだ!』って思ったかもしれないけど、僕たち世代は、ちょっと、引いちゃうんだブー…。同じ言葉なのに、聞く人で、全然、意味が変わっちゃうんだブーね。」
第三章:トップ10から読み解く、2025年の“空気”
年間大賞以外のトップ10の言葉たちもまた、2025年という時代を鮮やかに切り取っている。

- SNSが生んだ新たな“常識”
- 「エッホエッホ」:メンフクロウのヒナの写真から生まれたネットミーム。情報が瞬時に拡散し誰もが発信者となる、現代のコミュニケーションの形を象徴している。
- 「オールドメディア」:新聞・テレビといった既存メディアの影響力の低下とSNSの台頭を示す言葉。しかし選考委員からは、SNSの無秩序な情報拡散への警鐘も鳴らされている。
- 我々の生活を脅かす二つの“危機”
- 「緊急銃猟/クマ被害」:過去最悪の死者数を記録したクマによる人身被害。「アーバンベア」がもはや「隣にある脅威」となった現実を突きつける。
- 「古古古米」:「令和の米騒動」以来続く米価の高騰と政府の備蓄米放出。我々の食卓の足元が揺らいだ一年だった。
- 「二季」:春と秋が消えゆき夏が長くなる。地球温暖化がもはや専門家の警告ではなく、我々の「体感」となったことを示す言葉だ。
- エンタメがもたらした“熱狂”
- 「国宝(観た)」:邦画実写の興行収入歴代1位を記録した映画「国宝」。配信サービスが主流となる中で、人々が劇場へと足を運ぶ「熱量」の健在ぶりを証明した。
- 「ミャクミャク」:当初はその奇抜なデザインが物議を醸した大阪・関西万博の公式キャラクター。しかし開幕後はその人気がうなぎ登りに。1970年の「太陽の塔」のように、時代を超えるアイコンとなり得るか。
- 一つの時代の終わりと始まり
- 「戦後80年/昭和100年」:二つの大きな時代の節目が重なった2025年。戦争を知らない世代が9割近くを占める中で、我々が歴史とどう向き合うべきかという重い問いを投げかける。
- 「トランプ関税」:第2次トランプ政権の発足とそれに伴う世界の貿易秩序の混乱。新たな国際関係の緊張の時代が始まった。
- そして「ミスタープロ野球」。長嶋茂雄氏の逝去。戦後の日本を照らし続けた一つの太陽が沈んだ年でもあった。
2025年トップ10に見る、4つの“潮流”
- SNSが生んだ新たな“常識”: 「エッホエッホ」「オールドメディア」
- 我々の生活を脅かす“危機”: 「緊急銃猟/クマ被害」「古古古米」「二季」
- エンタメがもたらした“熱狂”: 「国宝(観た)」「ミャクミャク」
- 一つの時代の“節目”: 「戦後80年/昭和100年」「トランプ関税」「ミスタープロ野球」
終章:分断される、時代の“言葉”
2025年の新語・流行語大賞。その顔ぶれを見渡す時、我々は一つの事実に気づかされる。
それは、もはやかつてのように、日本中の誰もが共有し誰もが口にした「国民的流行語」が生まれにくい時代になったということだ。
高市総理の「働いて×5」に共感する昭和世代。
「エッホエッホ」というミームに熱狂するSNS世代。
映画「国宝」の感動を語り合う人々。
そしてクマの脅威に怯える地方の住民。
我々が触れるメディアが多様化し、我々の価値観が細分化されたこの時代。「流行語」そのものが、我々の社会の“分断”を映し出す鏡となっているのかもしれない。
それぞれのコミュニティでそれぞれの「流行語」が生まれては消えていく。
その無数の言葉の万華鏡の中に、2025年という時代のありのままの姿がある。



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