【追悼·加藤一二三】なぜ、ひふみんは神武以来の天才と呼ばれた?──86年の生涯が遺した物

社会
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2026年1月22日未明、日本の将棋界、そして戦後日本の大衆文化史における一つの巨大な星が静かにその光を閉じた。加藤一二三九段。肺炎のため86年の生涯だった。

晩年テレビのバラエティ番組で「ひふみん」の愛称で親しまれた、あの愛嬌あふれるキャラクター。多くの人々にとって彼の記憶はそこにあるかもしれない。
しかしその笑顔の裏側には、もう一つの全く異なる顔が隠されていた。

史上初の中学生棋士としてデビューし「神武以来(じんむこのかた)の天才」と称され、昭和・平成・令和の三代にわたり盤上の激闘を続けた稀代の勝負師としての顔である。

本稿は、この偉大なる棋士の86年の生涯を、その輝かしい記録と数々の伝説的なエピソード、そして彼の精神を支え続けた深い信仰心と共に解き明かす追悼レポートである。


第一章:黎明期の衝撃──「神武以来の天才」の誕生

加藤一二三が将棋界の門を叩いた1954年(昭和29年)は、日本がまだ戦後の復興期にあった時代だ。

  • 14歳7ヶ月、史上初の中学生棋士
    • その年の8月、わずか14歳7ヶ月の少年が四段に昇段しプロ棋士となったニュースは、当時の社会に鮮烈な衝撃を与えた。
    • この「14歳7ヶ月でのプロ入り」という記録は2016年に藤井聡太氏が14歳2ヶ月で更新するまでの、実に62年間誰にも破られることのない不滅の記録として君臨し続けた。
  • 「神武以来の天才」という称号
    • この異次元の才能に対し人々は畏敬の念を込めてこう呼んだ。「神武以来の天才」と。初代天皇である神武天皇の時代から数えて初めて現れた天才という意味である。
    • その後の彼の進撃はその称号に恥じないものだった。プロ入りからわずか4年、1958年には18歳にして将棋界の最高峰である「A級」へと昇級。この「18歳でのA級昇級」という記録は、あの藤井聡太ですら破ることができなかった今なお燦然と輝く金字塔である。
ブクブー
ブクブー

「ええーっ!?藤井聡太くんでも破れなかった記録を持てたんだブーか!ただの面白いおじいちゃんじゃなかったんだブーね…!本当に『神武以来の天才』だったんだブー!」

POINT

加藤一二三が打ち立てた二つの不滅の金字塔

  1. 史上初の中学生棋士: 14歳7ヶ月でのプロ入り。この記録は藤井聡太に破られるまで62年間誰にも破られなかった。
  2. 18歳でのA級昇級: プロ入りからわずか4年、18歳にして将棋界の最高峰である「A級」へ。この記録はあの藤井聡太ですら破ることができなかった

第二章:栄光と苦闘──悲願の名人位と、数々の“ひふみん伝説”

早熟の天才として将棋界の頂点へと駆け上がった加藤。しかしその棋士人生は栄光だけでなく深い苦悩と、そして数々の人間味あふれる伝説に彩られていた。

  • 悲願の名人位獲得
    • 若くしてトップ棋士の仲間入りを果たしながらも、なかなかタイトルの頂点には手が届かなかった。
    • しかし1982年、42歳にして当時絶対王者として君臨していた中原誠名人との死闘を制し、ついに悲願の「名人位」を獲得する。持将棋1局、千日手2局を含む実質「十番勝負」にも及んだこのシリーズは、将棋史に残る名勝負として語り継がれている。
  • 数々の「ひふみん伝説」
    • 彼の勝負への異常なまでの集中力は、数々の伝説的なエピソードを生み出した。
      • うな重の連投: 昼食と夕食に同じ「うな重」を注文し続けたのは、「メニューを選ぶという決断に脳のリソースを使いたくない」という合理主義の現れだった。
      • 滝を止めた男: 対局中、旅館の庭園にある滝の音が気になり、旅館側に要請して滝を止めさせた。
      • 長いネクタイ: 膝下まで伸びるほど長く結ばれたネクタイは、「結べていればよい」という機能重視の結果であり、他人の目を一切気にしない彼の自我の強さを象徴していた。
ブクブー
ブクブー

「うわーっ!滝を止めちゃうなんてすごすぎるんだブー!でもそれだけ勝負に集中してたってことなんだブーね!ネクタイが長いのもおしゃれじゃなくて、ただ気にしてなかっただけなんて、ひふみんらしいんだブー!」


第三章:信仰と継承──カトリックへの帰依と、藤井聡太との運命の対局

加藤一二三を語る上でキリスト教(カトリック)への深い信仰は、欠かすことができない。

  • 信仰が支えた勝負師の魂
    • 30歳で洗礼を受けた彼は勝負の勝ち負けを超えた絶対的な価値観を持つことで、敗北の精神的な苦痛を乗り越えてきた。1986年にはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世より「聖シルベストロ教皇騎士団勲章」を授与されている。
  • 運命のバトンタッチ
    • 将棋の神が描いたシナリオとしか思えない劇的な瞬間が2016年12月24日に訪れる。
    • 史上最年少(14歳2ヶ月)でプロ入りした藤井聡太四段(当時)の記念すべきデビュー戦。その対局相手を務めたのが、当時76歳11ヶ月の現役最年長棋士、加藤一二三だったのだ。
    • 「元・最年少記録保持者」「現・最年少記録保持者」の最初の壁となる。年齢差実に62歳。この対局は将棋史における一つの時代の「継承式」であった。

終章:ひふみんが、遺したもの

2017年、62年10ヶ月という史上最長の現役生活にピリオドを打った加藤。しかし彼の第二の人生はそこから始まった。

  • 国民的アイドル「ひふみん」へ
    • 引退後彼はタレントとして数々のバラエティ番組に出演。「ひふみん」の愛称でお茶の間の人気者となった。
    • その天真爛漫なキャラクターは藤井聡太ブームと相まって、将棋という世界の裾野を大きく広げる多大な貢献を果たした。
  • 文化功労者として
    • 2022年、その長年の功績と普及活動が認められ文化功労者に選出された。

棒銀のように真っ直ぐにそしてひたむきに、盤上と人生を戦い抜いた86年。
「神武以来の天才」でありそして誰からも愛された「ひふみん」。
その強烈な個性と彼が紡いだ数々の物語が、人々の記憶から消えることはないだろう。

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