池袋、新宿、渋谷。首都圏のターミナル駅に降り立てば、あの軽快なテーマソングとともに「ビックカメラ」の看板が目に飛び込んでくる。
多くの人々が、その巨大な店舗規模から「BIG CAMERA(ビッグカメラ)」だと認識しているが、看板のロゴをよく見てほしい。そこには明確に「BIC CAMERA」と記されている。
濁点のない「ビック」。英語の辞書を引いても、このスペルで「大きい」という意味の単語は見当たらない。
では、なぜ彼らはあえて誤解を招きかねない「BIC」という言葉を選んだのか。
そこには、単なる言葉遊びやスペルミスでは片付けられない、創業者の強烈な哲学と、ある南の島での原体験が隠されていた。
本稿は、日本を代表する家電量販店の名前に秘められた、「言葉の意味」「創業の理念」そして「言語学的なミステリー」を解き明かすレポートである。
第一章:「大きい」だけでは不十分──バリ島のスラングに込められた意味
まず、最も基本的な疑問である「BICとは何語なのか」について、同社の公式見解や創業者のエピソードから紐解いていく。

- 英語ではなく、バリ島のスラング
- 「BIC」という単語は、英語圏の辞書には存在しない。
- ビックカメラの創業者である新井隆司氏が、かつてインドネシアのバリ島を訪れた際、現地の子供たちが使っていた言葉(スラング)が由来となっている。
- 「BIG」と「BIC」の決定的な違い
- 英語の「BIG」は、単に物理的な大きさや規模の巨大さを表す言葉である。
- 対してバリ島の子供たちが使っていた「BIC」という言葉には、「中身をともなった大きさ」というニュアンスが含まれていたという。
- 外見だけが大きくても、中身が空っぽでは意味がない。内実が伴って初めて、真の「大きさ」と呼べる──。この精神性に感銘を受けた創業者が、あえて一般的な「BIG」ではなく、哲学的な意味を持つ「BIC」を社名に採用したのである。

「ええーっ!英語じゃなかったんだブー!?バリ島の言葉だったなんて初耳だブー!ただ大きいだけじゃダメだなんて、深い意味があったんだブーね…。」
「BIG」と「BIC」の決定的な違い
- 英語の「BIG」: 単に物理的な大きさ、規模の巨大さを表す。
- バリ島スラングの「BIC」: 創業者が現地で耳にした言葉には、「中身をともなった大きさ」というニュアンスが含まれていた。
第二章:創業者の誓い──「石ころ」ではなく「ダイヤモンド」になれ
「BIC」という言葉を選んだ背景には、創業者の明確な企業理念が反映されている。それは、「規模」よりも「質」を追求するという、量販店としては逆説的とも言える誓いであった。

- ダイヤモンドのような企業へ
- 創業者が遺した言葉によれば、「BIC」には以下の願いが込められている。
- 「限りなく大きく、限りなく重く、限りなく広く、限りなく純粋に。ただ大きいだけの石ではなく、小さくても光り輝くダイヤモンドのような企業になりたい」
- 専門性への回帰
- この理念は、現在のビックカメラの店舗展開にも現れている。ただ売り場が広いだけでなく、カメラ、オーディオ、酒、薬など、各ジャンルに特化した専門性の高い店作り(中身の伴った大きさ)は、まさに「BIC」の精神を体現したものと言えるだろう。

「おおっ!『石ころじゃなくてダイヤモンドになれ』なんてカッコイイんだブー!確かにビックカメラの店員さんは専門知識がすごいから、まさに中身が詰まってる感じがするブー!」
第三章:言語学的なミステリー──「BIC」は実在するのか?
ここで一つ、公平な視点から興味深い事実を提示したい。それは、言語学的に「バリ語にBICという単語は本当に存在するのか?」という議論である。

- 「Baik(バイク)」の聞き間違い説
- 実は、言語学者や現地語に詳しい専門家の間では、「バリ語やインドネシア語に『BIC』というスラングは存在しない」という指摘がある。
- 有力な説として挙げられているのが、インドネシア語で「良い」「素晴らしい」を意味する「Baik(バイク)」という単語の聞き間違い説だ。
- 現地の子供たちが「Baik! Baik!(いいね!すごいね!)」と叫んでいたのを、創業者が「Bic! Bic!(ビック!ビック!)」と聞き取り、そこに「中身のある大きさ」という意味を(文脈から推測して)見出した可能性がある。
- 真実よりも重要な「物語」
- しかし、それが言語学的に正しいスラングであったかどうかは、企業の本質においてはさほど重要ではないかもしれない。
- 重要なのは、創業者がその言葉に「中身を伴った大きさ」という定義を与え、それを企業の指針として掲げ続けたという事実だ。誤解や偶然から生まれた言葉であっても、そこに確固たる哲学が宿れば、それは唯一無二の社名となる。
終章:名前が体現する現在
「ビックカメラ」の“ビック”は、単なるBIGの誤記でもなければ、英語の方言でもなかった。
それは、バリ島の子供たちの声から着想を得て、「ダイヤモンドのような輝き」を目指した創業者の理想が結晶化した言葉であった。
現在、池袋や有楽町にそびえ立つその店舗は、確かに物理的にも巨大(BIG)である。
しかし、その棚に並ぶ膨大な商品知識と、専門販売員たちの接客を見る限り、彼らが目指しているのはやはり、ただデカいだけの石ころではなく、中身の詰まった「BIC」な存在なのだろう。
次にあの看板を見上げた時、濁点のない「ク」の文字に、遠い南の島と創業者の熱い哲学を感じてみてはいかがだろうか。



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