「おばあちゃん、その話はもう100回聞いたよ」
高齢者との会話において、このような場面に遭遇することは珍しくない。彼らは数十年前の学生時代の思い出や、若い頃の苦労話は驚くほど鮮明に語ることができる。
しかしその一方で、「昨日の夕飯に何を食べたか」や「さっき電話で何を話したか」といった、ごく最近の出来事は驚くほど簡単に忘れてしまう。
常識的に考えれば、古い記憶ほど色あせ、新しい記憶ほど鮮明に残るのが自然な順序に思える。しかし、老いのメカニズムにおいては、この常識が逆転する。
本稿は、なぜ人間の脳は加齢とともに「近きを忘れ、遠きを語る」ようになるのか。その原因を、記憶を構成する「3つの能力」のバランス崩壊という視点から解き明かすレポートである。
第一章:記憶を支える「3つの能力」とは?
人間の記憶は、単一の能力ではない。参考資料および脳科学の定義によれば、記憶は以下の3つのプロセスの連携によって成り立っている。これを「図書館」に例えると分かりやすい。

- 記銘力(きめいりょく)=「新しい本を仕入れる」
- 新しい情報を脳に入力し、定着させる力。図書館で言えば、新刊を購入し、ラベルを貼って棚に並べる作業にあたる。
- 保持力(ほじりょく)=「本を保管する」
- 一度覚えた情報を、脳内に維持し続ける力。図書館の書棚そのものの頑丈さや、保管スペースにあたる。
- 想起力(そうきりょく)=「本を探し出す」
- 必要な時に、脳内の引き出しから情報を取り出す力。図書館の司書が、膨大な蔵書の中から目的の一冊を探し出してくる能力にあたる。
若いうちは、この3つの能力すべてがハイスペックに稼働しているため、新しいことも昔のこともスムーズに扱うことができる。

「なるほどだブー!脳みそは図書館だったんだブーね。新しい本を入れて、大事にしまって、読みたい時に取り出す。この流れが大事なんだブー!」
第二章:老化の正体──「入力」と「検索」の機能不全
では、年をとると脳内で何が起きるのか。それは、3つの能力のうち「保持力」だけが残り、他が衰えるというアンバランスな状態である。

- 「記銘力」の低下(新しいことが覚えられない)
- 加齢により、脳の海馬を中心とした「記銘力」が真っ先に低下する。
- これは図書館で言えば、「新刊が入ってきても、棚に並べずに床に放置してしまう」ような状態だ。そもそも情報が整理されて脳に入っていないため、後から思い出そうとしても、そこには最初から何もない(=昨日の夕飯を忘れる)という現象が起きる。
- 「想起力」の低下(思い出せない)
- 次に衰えるのが「想起力」だ。これは「本はあるはずなのに、どこに置いたか分からない」状態である。
- 「ほら、あれだよ、あれ」と名前が出てこない現象(舌先現象)は、情報の保管場所へのアクセス経路が老化により錆びついているために発生する。
- 「保持力」の維持(昔のことは残っている)
- 一方で、情報を保管しておく「保持力」自体は、加齢による影響を比較的受けにくい。
- 若いうち(記銘力が活発だった頃)にしっかりと製本され、強固な棚に収められた「昔の記憶」は、風化せずに残っている。そのため、検索の手間をかけずとも、パッと取り出すことができるのである。

「ええっ!『忘れた』んじゃなくて、そもそも『最初から棚に並べてなかった』んだブー!?だから昨日のことなのに思い出せないんだブーね…。」
第三章:なぜ昔の話ばかりするのか?──感情と反復の力
機能的な理由に加え、心理的な要因も「昔の記憶」をより強固なものにしている。

- 強烈な印象と反復
- 青春時代の記憶や、人生の転機となった出来事は、当時の強い感情(喜びや悲しみ)とともに深く刻み込まれている。
- さらに、昔の武勇伝や苦労話は、人生で何度も繰り返し語ってきた(=何度も脳内でアクセスしてきた)ため、神経回路が太く強化されている。
- その結果、新しい情報が入ってこない(記銘力不足)脳内において、唯一鮮明に残っている「昔の記憶」だけが、繰り返し再生されることになる。
終章:人生という図書館の完成形
結論として、年をとって「昔のことしか思い出せない」のは、決して不思議なことではなく、脳の機能変化における必然的な帰結であった。
新しい情報を書き込む「メモ帳」の機能は弱まったかもしれない。しかし、それは裏を返せば、その人の脳内図書館には、長い人生をかけて集められた「古典的名作(昔の記憶)」が、誰にも奪われることなく大切に保管されているということでもある。
高齢者が同じ昔話をする時、それは壊れたレコードの再生ではない。
彼らにとって、それが今も色褪せない「最も確かな自分自身の証明」であり、人生という図書館の書棚に並ぶ、誇り高きコレクションの開陳なのである。


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