日本の国政選挙の投票率が50%前後で低迷し、特に若者の政治離れが深刻な課題となる中、地球の南半球に驚異的な数字を叩き出し続ける国がある。オーストラリアだ。
彼らの国政選挙における投票率は常に90%を超える。
なぜこれほどの差が生まれるのか。
多くの人はその理由を「投票が義務だからでしょ?」と一言で片付けてしまうかもしれない。しかしその背景には単なる法的強制力だけではない、国民を投票所へと向かわせる極めて巧妙に設計された「制度」と「文化」が存在した。
本稿は、このオーストラリアの「義務投票制」の成功の秘密を、その歴史、罰則の運用実態、そして「デモクラシー・ソーセージ」と呼ばれる独自の文化まで、多角的な視点から解き明かすレポートである。
第一章:90%のカラクリ──「罰金2000円」が持つ絶大な“心理的効果”
オーストラリアの驚異的な投票率を支える根幹。それが1924年に導入された「義務投票制(Compulsory Voting)」である。

- 罰則の運用
- 正当な理由なく選挙を棄権した有権者には、まずオーストラリア選挙委員会(AEC)から「不投票通知」が送付される。
- これに対し有権者は「正当な理由」を説明するか、あるいは20豪ドル(約2,000円)の罰金を支払うことで手続きは完了する。
- 「20ドルの重み」
- 2,000円という金額は一見すると大きな負担ではない。しかし多くの国民にとって、この通知に対応する行政手続きの煩わしさや、万が一無視して裁判沙汰になった場合のさらなる罰金や前科のリスクを考えれば、「最初から投票に行った方がはるかに合理的だ」という心理が働く。
- この少額の罰金は恐怖による支配ではなく、国民の「合理的選択」を促す極めて巧妙な「ナッジ(行動変容の促し)」として機能しているのだ。

「なるほどだブー!たった2000円でも、罰金の手続きが面倒くさいから『じゃあ、行っておくか』ってなるんだブーね!絶妙な金額設定なんだブー!」
第二章:「デモクラシー・ソーセージ」──“義務”を“祝祭”に変える文化
オーストラリアの投票率を支えるもう一つの、そして極めてユニークな柱。それが「デモクラシー・ソーセージ(Democracy Sausage)」と呼ばれる文化である。

- 投票所はバーベキュー会場
- 選挙の投票日(必ず土曜日に行われる)、投票所となる学校や公民館では地元のPTAやコミュニティ団体がバーベキュー屋台を出し、有権者にソーセージを挟んだパンを販売して資金集めを行う光景が全国の風物詩となっている。
- この習慣は1980年代から広まり、2016年にはオーストラリアの「今年の言葉」にも選ばれた。
- 文化的潤滑油としての役割
- これにより投票所へ行くという行為は、単に法的義務を果たすだけでなく近隣住民と顔を合わせソーセージを食べるという「週末の楽しいイベント」として、国民の生活に深く根付いている。
- この祝祭的な雰囲気が義務投票制が持つ「強制感」を和らげる、極めて優れた社会的潤滑油として機能しているのだ。

「ええーっ!?投票所に行くとソーセージが食べられるんだブーか!?それは行くしかないんだブー!選挙がお祭りになってるなんて、最高に楽しそうなんだブー!」
第三章:世界各国の「義務投票」──その多様な“強制メカニズム”
義務投票制を採用している国はオーストラリアだけではない。世界には約30カ国が存在するが、その「強制」の方法は実に多様である。

| 国名 | 主な罰則・ペナルティ | 特徴 |
|---|---|---|
| シンガポール | 選挙人名簿からの抹消 | 投票権と被選挙権を失う「権利剥奪型」。回復には罰金が必要。 |
| ボリビア | 銀行口座の凍結 | 投票証明書がないと給与の受け取りや預金の引き出しが不可能になる「金融制裁型」。 |
| ブラジル | 公的サービスの利用制限 | パスポートの取得や公務員試験の受験などができなくなる「社会生活制裁型」。 |
| スイス(一部の州) | 象徴的な少額罰金 | 約1,000円程度の罰金。市民としての規範意識に訴えかける「高規範型」。 |
| 北朝鮮 | (事実上の)体制への忠誠心テスト | 投票率99.9%。民主的選択肢はなく住民監視の手段として機能。 |
| ベルギー | 罰則の形骸化 | 法律は存在するが実際に罰則が適用されることはほぼない。長年の慣習で高い投票率を維持。 |
世界のユニークな“投票しないとこうなる”
- シンガポール: 選挙人名簿から抹消される(投票権を失う)。
- ボリビア: 銀行口座が凍結され給料が受け取れなくなる。
- ブラジル: パスポートが取得できなくなったり公務員試験が受けられなくなったりする。
終章:日本が、オーストラリアから学べること
90%のオーストラリアに対し50%の日本。
この絶望的なまでの差は、単なる国民性の違いでは片付けられない。
オーストラリアの成功は
「行かなければ少し損をする」というささやかなペナルティと、
「行けば少し楽しいことがある」というささやかなインセンティブ。
その絶妙な組み合わせによって成り立っている。
日本の投票率低下問題に対し「義務投票制」の導入は憲法上の課題もあり簡単な話ではない。
しかし投票を「面倒な義務」から「参加したくなるイベント」へと再設計するその発想。
あるいは投票した人に何らかのささやかなメリット(税控除や地域クーポンなど)を与えるというインセンティブの設計。
オーストラリアの「デモクラシー・ソーセージ」が我々に教えてくれるのは、民主主義とは決して堅苦しい理想論だけでは動かないという、極めて現実的な真実なのかもしれない。



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