競走馬はなぜ骨折で「死」を選ばなければならないのか?──サラブレッドが背負う、速さの代償

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時速60キロを超えるスピードで駆け抜けるサラブレッドの姿は、芸術的なまでに美しい。しかし、その華やかなレースの裏側には、常に「死」と隣り合わせのリスクが潜んでいる。
レース中に馬が転倒し、あるいは減速し、コース上に「青いシート(目隠し)」が張られる光景。

それは、その馬が「予後不良」――すなわち安楽死の診断を下されたことを意味する残酷なサインであることが多い。

なぜ、たかが足の骨折で命を奪わねばならないのか。

「走れなくなっても、生きて余生を過ごせばいいではないか」と考えるのは人情だ。
しかし、そこには経済的な理由だけでは片付けられない、馬という動物特有の「身体構造の限界」「生理学的な宿命」が存在する。

本稿は、人間が作り出した最高傑作・サラブレッドが抱える、あまりに脆く儚い生命のメカニズムを解き明かすレポートである。


第一章:ガラスの脚が支える500キロの質量

まず理解すべきは、サラブレッドという生き物が「速く走る」ことだけに特化して改良された、極端な身体構造を持っているという点だ。

※イメージ画像です。
  • 究極の軽量化と高出力
    • 彼らの体重は400〜500キロにも達するが、それを支える足首は人間の手首ほどの細さしかない。
    • 速く走るために骨を極限まで軽くし、筋肉を肥大化させた結果、その負荷は常に限界値に近い。彼らは言うなれば「軽自動車のフレームにF1のエンジンを積んだ」ような、極めてアンバランスな存在なのである。
  • 複雑骨折の絶望
    • 高速走行中に発生する骨折は、単に骨が折れるだけでなく、皮膚を突き破る「開放骨折」や、骨が粉々になる「粉砕骨折」になりやすい。
    • こうなると、現代の最先端医療をもってしても、元の骨格を取り戻すことは極めて困難となる。
ブクブー
ブクブー

「ええっ!?500キロの体をそんな細い足で支えてるんだブー!?それじゃあ、ちょっと転んだだけでも大惨事になっちゃうブー…。」

POINT

サラブレッドのアンバランスな構造

  • F1マシンのような設計: 彼らの体重は400〜500kgにも達するが、それを支える足首は人間の手首ほどの細さしかない。
  • 極限の軽量化: 速く走るために骨を限界まで軽くし、逆に筋肉を肥大化させている。その負荷は常に限界値に近く、一度バランスが崩れれば、骨は「開放骨折」や「粉砕骨折」といった修復不可能な砕け方をしてしまう。

第二章:なぜ「治療」できないのか?──寝たきりになれない動物

人間や犬猫であれば、足を骨折してもギプスで固定し、ベッドで安静にしていれば治癒する。しかし、馬にとって「安静」こそが、死への入り口となってしまう。

  • 「負重性(ふじゅうせい)蹄葉炎」という死神
    • 馬は体の構造上、3本の足で体重を支え続けることができない
    • 骨折した足をかばい、残りの健康な足に過度の負担がかかると、蹄(ひづめ)の内部が炎症を起こして腐り落ちる「蹄葉炎(ていようえん)」を発症する。
    • これは激痛を伴う不治の病であり、結果として4本すべての足が機能不全に陥り、馬を死に至らしめる。
  • 横になれない内臓構造
    • 「ならば寝かせればいい」と考えるかもしれないが、馬は草食動物であり、常に逃げられるよう立って過ごすように進化してきた。
    • 長時間横になると、自らの重い体重で肺や内臓が圧迫され、心不全や腸閉塞(疝痛)を引き起こす。彼らは「立ち続けなければ生きていけない」動物なのだ。
  • 吊り上げ(スリング)の限界
    • 参考資料にある通り、馬体をベルトで吊り上げる(スリング)治療法も存在する。しかし、これにも限界がある。
    • 数週間、数ヶ月に及ぶ宙吊り状態は、馬に強烈なストレスを与え、暴れてさらに傷を悪化させたり、内臓機能の停止を招いたりする。馬の繊細な神経は、拘束された状態での闘病に耐えられないことが多い。
ブクブー
ブクブー

「うわぁ…。立っててもダメ、寝ててもダメなんて、まさに逃げ場がないんだブー…。『安静にする』こと自体が命取りになるなんて知らなかったブー…。」


第三章:安楽死は「残酷」なのか?──苦痛からの解放という選択

以上の医学的・生物学的な理由から、重度の骨折をした競走馬に対し、獣医師は「回復の見込みがない」という判断を下す。これが競馬用語で言う「予後不良」である。

  • 「薬殺」という最後の救済
    • 治療を強行すれば、馬は腐り落ちる蹄の激痛にのたうち回り、壊死していく内臓の苦しみに耐え続けなければならない。
    • それは「生かす」ことではなく、単なる「延命による拷問」に近い。そのため、苦痛を瞬時に取り除く薬物による安楽死が、馬に対して人間ができる最後の慈悲(ウェルフェア)として選択されるのである。
  • 生存の可能性
    • もちろん、全ての骨折が死に直結するわけではない。骨折が軽度であり、ボルト固定手術などで早期に立てるようになれば、引退後に種牡馬や繫殖牝馬として生きる道も残されている。
    • しかし、それは「自力で立てる」ことが前提条件であり、そのラインを超えた重傷の場合、選択肢は一つしか残されていないのが現実だ。

終章:速さの代償としての“脆さ”

結論として、競走馬が骨折により殺処分されるのは、単に「走れなくなったから不要」という経済的な切り捨てではない。

それは、「立っていなければ死んでしまうが、立つための足を失ってしまった」という、生物学的な詰み(チェックメイト)の状態に陥るからである。

我々はサラブレッドの圧倒的なスピードに熱狂し、夢を託す。
しかしその速さは、ガラス細工のような脆い肉体と、怪我が即座に死に直結するという過酷な身体構造の上に成り立っている。
ターフに散る命の重さは、人間が作り出した「速さ」という芸術作品が支払わなければならない、あまりにも悲しい代償なのかもしれない。

スポーツ動物雑学
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