さらば、崖の上の犯人たち──「2時間サスペンス」が地上波から消滅した経済的·社会的な必然

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かつて、日本の夜には「殺人事件」と「崖」が溢れていた。
日本テレビの『火曜サスペンス劇場』、テレビ朝日の『土曜ワイド劇場』、TBSの『月曜ドラマスペシャル』に、フジテレビの『金曜エンタテイメント』。
これらは単なるミステリー番組の枠を超え、地方の美しい風景を映し出す「旅情」であり、絶対的な勧善懲悪を提供する国民的な娯楽インフラであった。

しかし、2005年の『火サス』終了を皮切りに、これらの枠は雪崩を打つように姿を消していった。2019年にTBSの『月曜名作劇場』が幕を下ろしたことで、地上波のゴールデン・プライム帯(19時〜23時)から、レギュラーの2時間ドラマ枠は事実上「全滅」した。

なぜ、安定した視聴率を稼いでいたはずの「2時間サスペンス」は殺されたのか。

その犯人は、劇中のような怨恨や痴情ではない。テレビ局を襲った「制作コストの高騰」「視聴率指標の激変」そして「タイパ(時間対効果)至上主義」という、抗いようのない時代の波であった。

本稿は、昭和・平成を彩った一大ジャンルが地上波から退場せざるを得なかった構造的な要因を解き明かすレポートである。


第一章:経済的「致命傷」──ドラマ1本でバラエティが4本撮れる現実

2時間ドラマが消滅した最大の要因は、テレビビジネスにおける「コストパフォーマンス(コスパ)」の劇的な悪化にある。

  • 残酷な制作費の格差
    • 業界の試算によれば、2時間ドラマ1本の制作費は約4,000万〜6,000万円に達する。
    • 対して、スタジオ収録を中心としたトークバラエティ(例:『踊る!さんま御殿!!』タイプ)であれば、大物司会者を起用しても約1,000万円程度で制作が可能である。
    • つまり、テレビ局の経営視点では、同じ視聴率10%を取るなら、ドラマ1本を作る予算でバラエティを4〜6本作る方が圧倒的に「投資対効果(ROI)」が高いのである。
  • 「旅情」という名の金食い虫
    • 2時間サスペンスの醍醐味である「地方ロケ」は、経済的には巨大なリスク要因となる。
    • 数十人のスタッフ・キャストの移動・宿泊費に加え、天候不良による撮影延期のリスクが常につきまとう。
    • スタジオ収録なら数時間で終わるバラエティと違い、主演級俳優を数週間単位で拘束(キープ)しなければならないドラマは、人件費の面でも非効率極まりない商品となってしまったのだ。
ブクブー
ブクブー

「ええーっ!ドラマ1本のお金でバラエティが4本も作れるんだブー!?それじゃあテレビ局の人も安いほうを選んじゃうブー…。お金の話はシビアだブー…。」

POINT

残酷すぎる制作費の格差

  • 2時間ドラマ: 地方ロケや俳優の拘束費がかさむため、1本あたり約4,000万〜6,000万円の制作費がかかる。
  • バラエティ番組: スタジオ収録を中心としたトーク番組(『さんま御殿』タイプ等)なら、大物司会者を起用しても約1,000万円〜で制作可能。

第二章:視聴率の質の転換──「高齢者」が顧客リストから外された日

かつて2時間ドラマが繁栄したのは、「世帯視聴率」という指標が絶対だったからだ。しかし、スポンサー(広告主)が求める基準が変わったことで、主要な支持層であった高齢者が切り捨てられる結果となった。

  • 「世帯」から「個人(コア)」へ
    • かつては「どの家でテレビがついているか(世帯視聴率)」が重視され、在宅率の高い高齢層(F3・M3層)に愛されるサスペンスは優良コンテンツだった。
    • しかし現在のスポンサーは、購買意欲が高くブランド変更を起こしやすい13歳〜49歳の「コアターゲット(個人視聴率)」を重視する。
    • 極端な話、70代が100万人見ている番組よりも、20代〜40代が30万人見ている番組の方が、CM枠を高く売れるようになったのである。
  • 日本テレビの先見と追随する他局
    • この変化をいち早く察知し、2005年に『火曜サスペンス劇場』を打ち切って若者向けに舵を切った日本テレビが、その後長らく視聴率三冠王に君臨した事実は重い。
    • 他局もこの成功モデルに追随し、「高齢者しか見ない高コストなドラマ」を「若者も見られる低コストなバラエティ」へと置き換えるリストラを断行した。
ブクブー
ブクブー

「おじいちゃんおばあちゃんが見てても、CMの商品を買ってくれないと思われてるんだブー…。なんだか寂しい話だブー。」


第三章:現代人の視聴習慣とのミスマッチ──「タイパ」と「ながら見」の壁

経済とマーケティングの論理に加え、現代人のライフスタイルの変化も、2時間の長尺ドラマには逆風となった。

  • 2時間は「重すぎる」
    • TikTokやYouTube Shortsなど、数秒〜数分で完結するコンテンツに慣れ親しんだZ世代にとって、結論(犯人判明)が出るまでに2時間を要するドラマは「タイパ(タイムパフォーマンス)が悪い」と映る。
    • 配信サービスの倍速視聴や「切り抜き動画」が当たり前の世代に、CMを挟んで2時間拘束されるリアルタイム視聴を強いるのは、もはや不可能な要求となりつつある。
  • 「ながら見」不適合コンテンツ
    • 現代のテレビ視聴は、スマホをいじりながらの「ながら見」が主流である。
    • バラエティ番組は音声やテロップだけで内容がわかるが、ミステリーは伏線やトリックを見逃すと話が分からなくなる。「画面を注視し続けなければならない」という特性自体が、現代の視聴スタイルと致命的に相性が悪いのだ。

終章:崖の上から「BS」という聖域へ

以上の要因から、地上波ゴールデンタイムにおける2時間ドラマのレギュラー放送は、歴史的使命を終え消滅した。
かつて平日昼間に放送されていた再放送枠さえも、『ミヤネ屋』『ゴゴスマ』『とれたてっ!』といった、毎日新鮮なネタを安価に供給できる生放送の情報番組にオセロのようにひっくり返された。

しかし、2時間サスペンスは完全に死に絶えたわけではない。
その舞台は「BS放送」へと移っている。BS放送は明確に中高年層をターゲットとしており、そこでは往年の名作の再放送や、新作のミステリーが今もなお放送され、底堅い支持を集めている。

「崖の上の犯人」たちは、地上波という激しい競争社会から、BSという静かな隠居生活へと移住した──。
そう捉えるのが、この「国民的娯楽の消滅」の最も正確な総括と言えるだろう。

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