一月は31日、三月も31日。それなのに、その間にある二月だけが平年で「28日」、閏年でも「29日」しかない。
多くの人が子供の頃に抱き、そして明確な答えを知らぬまま大人になるこの素朴な疑問。なぜ二月だけがこれほど極端に短いのか。
その理由は、単なる計算上の都合だけではない。そこには、今から2000年以上前の古代ローマにおける「一年の始まり」の感覚と、二人の偉大な権力者による「メンツ(自尊心)のぶつかり合い」が深く関係していた。
本稿は、現在我々が使っている太陽暦(グレゴリオ暦の前身)の成り立ちを追いながら、二月が日数を削られ続けた不遇の歴史を解き明かすレポートである。
第一章:すべての始まりは「3月」だった
現代の感覚では「1月(January)」が一年の始まりだが、カレンダーのルーツである古代ローマにおいては、季節の感覚が異なっていた。

- ローマ暦のスタートは「春」
- 古代ローマでは、農耕が始まり、軍隊が動き出す「3月(Martius)」を一年の始まりとしていた。
- 英語で9月を「September(7番目の月)」、10月を「October(8番目の月)」と呼ぶのは、3月から数えて7番目、8番目だった頃の名残である。
- 2月は「一年の終わり」
- 3月スタートの世界において、2月(Februarius)は「一年の最後の月」であった。
- 何かを調整したり、清算したりする際、リストの最後尾で帳尻を合わせるのは現代の経理でも通じる感覚だ。この「最後尾」というポジションこそが、後に二月が日数を削られる運命の伏線となる。

「ええーっ!昔は3月がスタートだったんだブー!?だから英語の数字(セブン・オクト)と月の名前がズレてたんだブーね!2月はアンカーだったから、調整役にされちゃったんだブー…。」
ローマ暦のスタート地点
- 3月がスタート: 古代ローマでは、冬が終わり農耕や軍事活動が始まる「3月(Martius)」を一年の始まりとしていた。
- 証拠: 英語で9月を「September(7番目の月)」、10月を「October(8番目の月)」と呼ぶのは、3月から数えて7番目・8番目だった頃の名残である。
第二章:ジュリアス・シーザーの改革──最初の「引き算」
紀元前46年、ローマの英雄ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)は、それまでの太陰暦に代わり、古代エジプトにならった太陽暦(ユリウス暦)を導入した。

- 奇数と偶数のバランス
- シーザーは一年を365日と定め、奇数月を「31日(大の月)」、偶数月を「30日(小の月)」と交互に割り振った。
- しかし、これをそのまま合計すると「366日」になってしまい、一年(365日)より1日多くなってしまう。
- 最後の月から引く
- そこでシーザーは、一年の最後の月である2月(当時は偶数月として30日あった)から1日を差し引き、29日とした。
- 閏年(4年に1度)の調整もこの最後の月で行われ、その年だけは2月が30日に戻るというルールが定められた。
第三章:アウグストゥスの嫉妬──二度目の「引き算」
シーザーの死後、二月の運命をさらに過酷なものにしたのが、初代ローマ皇帝アウグストゥスである。

- 自分の月が「小の月」では許せない
- シーザーの誕生月である7月(July)は「31日」あった。
- 一方、アウグストゥスの名を冠した8月(August)は、当時の割り振りでは「30日」しかなかった。
- 「偉大なるシーザーと同等の権威を持つ自分の月が、1日少ないのは屈辱である」。そう考えたアウグストゥスは、8月を31日に変更することを決定した。
- 再び2月から奪われた1日
- 8月を1日増やしたことで、一年の日数が再びあふれてしまった。
- そこでアウグストゥスは、またしても「一年の最後の月」である2月から1日を奪い取ったのである。
- これにより、シーザーの時点で29日だった2月はさらに減らされ、現在と同じ「28日」となってしまった。
- 並び順の変更
- ちなみに、8月を31日にしたことで「7・8・9月」と3ヶ月連続で大の月が続くのを避けるため、9月以降の日数も「31日・30日」の交互から現在の形(西向く士)へと入れ替えられたとされる。

「な、なんて勝手な理由なんだブー!『俺の月が短いのはカッコ悪い』って理由だけで、また2月から日数を奪ったんだブー!?2月がいじめられっ子状態でかわいそうだブー…。」
アウグストゥスによる改変
- 8月を31日に: 自分のメンツのために、8月を「大の月」に変更した。
- 再び2月から強奪: 8月の日数を増やしたことで一年があふれてしまったため、またしても「一年の最後の月」である2月から1日を奪い取った。
- とばっちり: これにより、シーザーの時点で29日だった2月はさらに減らされ、現在と同じ「28日」となってしまった。
終章:歴史のしわ寄せを背負う月
結論として、二月の日数が半端な理由は、天文学的な必然性によるものではなく、「かつて2月が年末だったから」という構造上の理由と、「皇帝が自分の月を長くしたかったから」という政治的な理由の複合的な結果であった。
古代の独裁者たちがカレンダーの上で権力を誇示した結果、その「しわ寄せ」を一手に引き受けたのが、当時の年末にあたる二月だったのだ。
今日、我々がカレンダーをめくる時、2月だけ早く終わってしまうその短さに、2000年前のローマ皇帝たちの人間臭いエゴとドラマを感じ取ることができるかもしれない。



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