2026年2月6日、いよいよミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックが開幕する。
数ある冬の競技の中でも、日本中が固唾を呑んで見守り、深夜までテレビに釘付けになる競技といえば、やはり「カーリング」だろう。
約20kgの石を滑らせ、「ヤップ!」「ウォー!」という掛け声と共に氷を掃く。
一見シンプルに見えるこのスポーツは、その実、「ボウリングの精密さ」「ビリヤードの物理法則」「チェスの戦略性」を掛け合わせた、極めて高度な頭脳戦である。
本稿は、五輪開幕を前に、カーリングの基本的なルールから、試合の流れを左右する「ハンマー」の概念まで、知っておくだけで観戦が劇的に面白くなるポイントを解説する完全ガイドである。
第一章:基本ルール──何を競っているのか?
まずは、カーリングという競技の骨格を理解しよう。目的は至ってシンプルだ。

- 目的:「円の中心」に近づける
- 約40メートル先にある円形の的「ハウス」の中心(ボタン)に、自分たちの石(ストーン)をいかに近づけるか。これが全ての基本である。
- 最終的に、相手チームの石よりも内側にある自分たちの石の数が、そのまま得点となる。
- 試合構成:10回の攻防
- チーム人数: 4人(男女混合ダブルスは2人)。
- 投球数: 1エンドにつき、両チーム交互に8球ずつ、計16球を投げる。
- エンド数: 野球のイニングにあたる「エンド」を10回行い、合計得点を競う(ダブルスは8エンド)。
第二章:得点の仕組み──なぜ「0点」があるのか?
初心者が最も戸惑うのが得点計算だが、ここさえ押さえれば試合状況が一目でわかるようになる。

- 得点は「勝者総取り」
- 1つのエンドで得点が入るのは、どちらか一方のチームだけである。両チームに点が入ることはない。
- 数え方: 相手チームの一番良い石よりも内側にある、自分たちの石の数をカウントする。
- 例:中心に「赤」、次に「黄」、その外に「赤」なら、赤チームに「1点」。
- 例:中心から「赤、赤、赤」と続き、その外に「黄」なら、赤チームに「3点」。
- わざと0点にする「ブランクエンド」
- ハウスの中に両チームの石がない場合、または中心に一番近い石を弾き出してハウス内を空にした場合、スコアは「0対0」となる。
- これは単なる無得点ではなく、次章で解説する「後攻権」を維持するための高度な戦術(ブランクエンド)であることが多い。

「ええっ!どっちか片方しか点が入らないんだブー!?3対2とかにはならないんだブーね。相手より内側に置けば置くほど大量得点になるなんて、陣取りゲームみたいだブー!」
第三章:勝利の鍵──「ハンマー」と「スチール」
カーリングを「氷上のチェス」たらしめているのが、この後攻・先攻を巡る駆け引きだ。

- 絶対有利な「ハンマー(後攻)」
- カーリングは、最後に石を投げる後攻(ハンマー)が圧倒的に有利な「後出しジャンケン」のゲームだ。
- 最後の1投で相手の石を弾き出せば、形勢を逆転できるからだ。
- ルール上、「点数を取ったチームは、次のエンドで先攻(不利)になる」。そのため、あえて1点を取らずに0点(ブランクエンド)にして、次のエンドでも有利な後攻を持ち越す作戦が頻繁に使われる。
- 大逆転の「スチール(盗む)」
- 逆に、不利な先攻チームが、相手のミスを誘ったり鉄壁のガードを築いたりして得点することを「スチール」と呼ぶ。
- これは野球で言えば「守備側が得点する」ようなもので、試合の流れを一気に変えるビッグプレーとなる。

「わざと0点にするなんて深いブー!『1点取るより、次の回で大量得点を狙うために後攻をキープする』なんて、まさに頭脳戦だブー!」
なおカーリングには「フリーガードゾーン(FGZ)」と呼ばれる重要なルールがある。
各エンドの序盤(最初の5投まで)、ハウス前(センターライン上)のガードストーンは、原則として弾き出すことができない(5ロックルール)。
これにより、序盤から相手の石を力任せに排除することは不可能となり、試合は必然的に「配置」「守り」「数手先を読む」頭脳戦へと変貌する。
ハンマー(後攻)が有利とされる理由も、あえて0点で終えるブランクエンドという選択が生まれるのも、すべてはこのFGZによって戦略の余地が強制的に確保されているからなのである。
第四章:あの「ゴシゴシ」の意味──科学的な微調整
選手たちがブラシで激しく氷を擦る「スイープ(掃く)」行為。あれは単なるパフォーマンスではなく、物理学に基づいた精密なコントロールである。

- 摩擦熱で氷を溶かす
- ブラシで擦ることで瞬間的に摩擦熱を発生させ、氷の表面をわずかに溶かして水の膜を作る。
- これにより摩擦係数を下げ、石の滑る距離を2〜3メートル伸ばしたり、曲がり具合(カール)を抑えてコースを修正したりしている。
- 投げた後も石を操作できる唯一の手段であり、スイーパーの力量が勝敗の数センチを分けることもある。
第五章:氷上に響く「叫び」の翻訳──ヤップ、ノー、ウォー!
カーリング中継の醍醐味の一つが、静寂な会場に響き渡る選手たちの叫び声だ。あれは単なる気合いではなく、0.1秒を争う「指示」と「報告」である。これさえ聞き取れれば、画面から目を離していても試合状況がわかるようになる。

- 「イエス!(Yes)」「ヤップ!(Yup)」
- 意味:「掃け!(GO)」
- 石のスピードが足りない時や、曲がりすぎを防ぎたい時の合図。声が大きければ大きいほど「全力で掃け!」という緊急事態である。
- 「ウォー!(Whoa)」「オフ!(Off)」「ノー!(No)」
- 意味:「掃くな!(STOP)」
- 石のスピードが十分な時や、もっと曲げたい時の合図。特に「ウォー!」は馬を止める時の掛け声と同じで、「待て待て、行き過ぎるな!」というニュアンスが含まれる。
- 「ハリー!(Hurry)」
- 意味:「もっと激しく掃け!」
- 「イエス」よりもさらに緊急度が高い。ハウスまで届かないかもしれない時などに使われる、必死の叫びだ。

「『ヤップ』って『イエス』のくだけた言い方だったんだブー!『ウォー』は馬を止める言葉だなんて知らなかったブー!これからは叫び声を聞くだけで状況がわかるブー!」
終章:見るべきポイントは「次の一手」
ミラノ・コルティナ五輪のカーリング中継を見る際は、ぜひ「誰が後攻(ハンマー)を持っているか」に注目してほしい。
画面上のスコアボードにハンマーマークがついているチームが、そのエンドの支配権を握っている。
「ここは1点を取らされるのか、それとも0点にして次へ持ち越すのか」
そんな選手の思考を読み解けるようになれば、あなたはもう立派なカーリング通である。
静寂の中で放たれる一投が、数手先の未来を描き出す。
その美しい頭脳戦に、この冬も酔いしれよう。


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