それは、日本のクリスマスイブの夜に、30年以上にわたって響き続けてきた、恒例の鐘の音だった。
「カランカラン!」
明石家さんまが扮する“明石家サンタ”が鐘を鳴らす。その音は、電話の向こうで今年起きた「不幸話」を披露した人々に、豪華なプレゼントが贈られる祝福の合図だった。不幸を笑いに変える、その錬金術。それが、この番組の本質だった。
しかし、2025年。その鐘の音は、鳴り響かないことになった。
フジテレビは11月25日、クリスマスの深夜に毎年恒例となっていたバラエティ特別番組『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』を、今年は放送見送りとすることを明らかにした。 1990年の開始以来、放送時期の変更はあれど、一度も休むことなく続いてきた“聖夜の恒例番組”の、突然の休止である。
なぜ、この国民的番組は、今年、その歴史を、一時中断することになったのか。
その背景には、番組の根幹を揺るがす、極めて現実的な問題が横たわっていた。
第一章:1990年-2025年、「不幸」を価値に変えた発明
まず、この番組がいかに特異な存在であったかを振り返る必要がある。

- バブルの絶頂で産声
- 番組がスタートした1990年は、クリスマスイブといえば恋人たちが高級ホテルやレストランに殺到する、まさにバブルの象徴的な日であった。
- そんな中、「一人きりの寂しい夜を過ごす人々」にスポットライトを当て、「不幸であればあるほど豪華賞品がもらえる」という逆転の発想を持ち込んだのが『明石家サンタ』である。
- 「電話一本で、不幸を笑いに変えて成仏させる」。このシンプルかつ残酷なシステムは、明石家さんまという稀代のMCなくしては成立し得ない、生放送の極致であった。
- 八木亜希子という“猛獣使い”
- この番組を支えたもう一つの柱が、第1回からアシスタントを務める八木亜希子である(初期は局アナ、後にフリー)。
- 酔っ払いや支離滅裂な投稿者をさばくさんまの横で、常にニコニコと、時に冷徹に進行する彼女の存在は不可欠だった。
- 「八木さんのファンです」→さんま「どこが?」→投稿者「別に…」 というお約束のやり取りは、番組の名物として定着した。
第二章:なぜ、放送は見送られたのか──番組の“生命線”を揺るがした、「スポンサー問題」
では、なぜ、この長年愛されてきた番組が、突然、放送見送りに追い込まれたのか。その最大の理由は、番組のまさに“生命線”とも言える、プレゼントの提供体制が、崩壊の危機に瀕していたからである。

- さんま自身が語っていた、懸念
- 番組で贈られる豪華なプレゼントの数々は、番組スポンサーからの提供によって成り立っている。
- しかし、明石家さんまは今年3月、自身のラジオ番組『MBSヤングタウン土曜日』の中で、いわゆる「フジテレビ問題」の影響で、同局の番組からスポンサーが相次いで撤退しているという状況に言及。
- その中で「『明石家サンタ』も、スポンサーがつかなければ、できない」と、番組の放送見送りの可能性を自らの口で示唆していたのだ。
- 番組の構造的な、脆弱性
- つまり、『明石家サンタ』は、視聴者からの「不幸話」と、スポンサーからの「豪華プレゼント」という二つの柱によって支えられている。
- 今回の放送見送りは、その柱の一本であるスポンサーという経済的な基盤が揺らいだことが、直接的な原因であると考えられる。

「そっか…。僕たちの不幸話だけじゃなくて、プレゼントをくれるスポンサーさんがいて、初めて成り立ってた番組だったんだブーね…。面白さだけじゃ、テレビ番組は作れないんだブーか…。なんだか、大人の事情を感じて、切ないんだブー…。」
『明石家サンタ』を支える、二本の柱
- 視聴者からの「不幸話」
- スポンサーからの「豪華プレゼント」
今回の放送見送りは、この②の経済的な基盤が揺らいだことが、直接的な原因と考えられる。
第三章:我々が失った、あの“特別な時間”──語り継がれる「定番のやり取り」たち
放送見送りという、冷たい現実を知らされた今、改めて、我々が、この番組で、どれほど、かけがえのない時間を、過ごしてきたかを、振り返りたい。

- 定番①:芸能人の緊急参戦
- 番組には時折、匿名(あるいは実名)で芸能人が電話をかけてくるハプニングがあった。
- 一時期はマツコ・デラックスが独自の寸劇を展開したりと、生放送ならではの予測不能な展開が視聴者を釘付けにした。
- 近年では、M-1グランプリの敗者が電話をかけてくる流れも定着していた。
- 定番②:「名前を言っただけで合格」
- その年に世間を騒がせた渦中の人物や、大スキャンダルに見舞われた著名人が「名前を名乗るだけ」で、さんまが爆笑して鐘を鳴らすパターン。
- これは「今年の顔」を確認する作業でもあり、視聴者は「誰が来るか」を固唾を呑んで見守っていた。
これらの予測不能で、しかし、どこか温かい生放送ならではの奇跡の数々。それこそが、我々が今年、失ってしまったものの正体なのである。
第四章:代替番組、『向上委員会SP』とは
『明石家サンタ』の放送が見送られる今年のクリスマスイブ。その、ぽっかりと空いた放送枠には、同じくさんまが司会を務める人気番組のスペシャル版が生放送される。
- 番組名:
- 『さんまのお笑い向上委員会 クリスマス生放送SP』
- 放送日時:
- 12月24日 深夜24時25分~26時25分
- 内容:
- 今年の『さんまのお笑い向上委員会』に“クレーム”を持つゲスト芸人が多数参戦する生放送。
- 出演者には飯尾和樹(ずん)、陣内智則、藤本敏史(FUJIWARA)、堀内健(ネプチューン)、吉村崇(平成ノブシコブシ)、ウエストランド、マヂカルラブリー、レインボーといった豪華な顔ぶれが名を連ねている。
- 近年、『明石家サンタ』の“予選会”がこの『向上委員会』の中で行われていたこともあり、その流れを汲んだ代替企画と位置づけられている。
終章:一つの時代の、岐路
結論として、2025年の『明石家サンタ』放送見送りは、フジテレビ全体を取り巻くスポンサー離れの深刻な影響が、ついに30年以上続いた国民的長寿番組にまで及んだ結果であった。
それは、テレビというメディアが視聴率や番組の面白さだけではもはや成り立たないという、厳しい現実を我々に改めて突きつけている。
クリスマスの夜、誰かの「不幸」が、笑いと祝福の鐘の音に変わる、あの特別な時間。
そのささやかな、しかし、かけがえのない文化の灯火が、来年以降、再び灯る日は来るのだろうか。
2025年のクリスマスイブ。我々は、一つの時代の大きな岐路を目撃することになるのかもしれない。
この「放送なし」という最大の不幸ニュースに対し、誰かが心の中で鐘を鳴らしてくれることを願いつつ…。



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