日本における死因の第一位を占め、年間約40万人の命を奪う「がん」。
2025年11月19日、国立がん研究センターは「全国がん罹患モニタリング集計 2012-2015年生存率報告」を公表した。
本調査で特筆すべきは、がん以外の死因による影響を除去した「純生存率(Net Survival)」という国際的な標準指標を用いて、より精緻な治療成績が算出された点である。
その結果から浮かび上がってきたのは、多くの部位で着実な生存率の向上が見られる「明」の領域と、依然として低い数値に留まる「暗」の領域という、鮮明なコントラストであった。
本稿では最新データに基づき、劇的な改善を見せる血液がん等の要因と、対照的に「5年生存率10%」の壁に阻まれる膵臓がん・胆道がんの構造的な難治理由を解剖する。
第一章:「明」の領域──分子標的薬と早期発見の奏効
まず長期的なトレンドとして生存率が向上している領域について触れる。
今回の調査では血液腫瘍(血液のがん)における改善が顕著であった。また早期発見システムが確立されている固形がんにおいても高い生存率が維持されている。

- 血液がんの劇的な改善
- 「多発性骨髄腫」「悪性リンパ腫」「白血病」といった血液腫瘍において、生存率の著しい向上が見られている。
- この背景には2000年代以降に普及した「分子標的薬」(リツキシマブやイマチニブ等)の存在がある。がん細胞特有の分子を狙い撃ちにする薬物療法の標準化が、かつて致死的であった疾患を「コントロール可能な病気」へと変えつつある。
- 9割を超える生存率
- 前立腺がん(男性 94.3%):PSA検査によるスクリーニングの普及により、転移のない早期段階で発見されるケースが増加したことが主因である。
- 甲状腺がん(女性 92.7%)・乳がん:検診の浸透に加え、ホルモン療法や分子標的治療の進化が予後を支えている。
生存率が9割を超える“光”のがん
- 前立腺がん(男性 94.3%): PSA検査の普及による早期発見が最大の要因。
- 甲状腺がん(女性 92.7%): 進行が緩やかで予後が良好。
- 乳がん(女性 88.7%): 検診の浸透と治療法の進化が寄与。
第二章:「暗」の領域──膵臓がん、5年生存率10%の壁
全般的な生存率向上とは裏腹に、依然として数値が低迷しているのが「膵臓がん」である。
今回のデータにおいても5年純生存率は男性10.7%、女性10.2%と、全がん種の中で最も低い水準にある。
なぜ膵臓がんだけがこれほどまでに治りにくいのか。その理由は解剖学的な「位置」と生物学的な「悪性度」の2点に集約される。

- 早期発見を阻む「解剖学的位置」
- 膵臓は胃の裏側、背骨の手前という腹部の最も深い場所(後腹膜)に位置している。
- そのため一般的な腹部エコー検査では胃腸のガスや脂肪に遮られ、描出が困難な「死角」となりやすい。加えて初期には自覚症状が皆無であり、黄疸や背部痛などの症状が出現した時点ではすでに進行しているケースが大半を占める。
- 1センチの壁と微小転移
- 膵臓がんは腫瘍が小さいうちから周囲への浸潤や転移を起こしやすい性質を持つ。
- 静岡県立静岡がんセンター総長の上坂克彦氏によれば、「1センチ以下で見つけたいがそれは至難の業。2センチになればすでに進行がん」であるという。
- 発見時に手術が可能(切除可能)な症例は全体の約2割に過ぎず、残りの8割はすでに手術不能な進行がんとして診断されるのが現実である。

「うわー…。膵臓がんってそんなに見つけにくくて、しかも進行が早いんだブーか!5年後に10人に1人しか生きられないなんて…あまりにも過酷すぎるんだブー…。」
なぜ、「膵臓がん」はこれほどまでに治りにくいのか
- 早期発見が絶望的に困難: 胃の裏側の体の最深部に位置するため検査の「死角」となりやすい。初期症状も皆無。
- 悪性度が極めて高い: 腫瘍がごく小さな段階から周囲への浸潤や転移を起こしやすい。発見時、手術可能なのはわずか2割。
第三章:第二の難関「胆道がん」― 複雑な解剖と高難度手術
膵臓がんに次いで生存率が低いのが「胆のう・胆管がん」(胆道がん)である。
こちらも5年生存率は20%台と低く、有効なスクリーニング手法が確立されていない点が共通している。

- 肝臓・膵臓と密接する複雑な構造
- 胆道は肝臓で作られた胆汁を運ぶ管であり、肝臓や膵臓の中を貫通し複雑に入り組んでいる。
- 特に肝臓の入り口付近(肝門部)にできた胆管がんは、重要な血管(門脈や肝動脈)を巻き込みやすく、手術には肝切除や血管再建を伴う高度な技術が要求される。
- リスク因子:膵・胆管合流異常
- 胆道がんのリスク因子の一つとして、先天的な解剖学的異常である「膵・胆管合流異常」が挙げられる。
- 通常は十二指腸で合流する膵管と胆管が、それより手前で合流してしまうため、強力な消化液である膵液が胆道内へ逆流し慢性的な炎症を引き起こして発がんの温床となるメカニズムである。
第四章:【データ一覧】がん部位別・5年純生存率ランキング
国立がん研究センター公表データ(2012-2015年診断)に基づき、主要部位の5年純生存率を分類・整理した。
「治りやすいがん(高生存率群)」と「難治がん(低生存率群)」の格差は数値で見るとより顕著となる。

【高生存率グループ(70%以上)】
早期発見や治療法の確立により長期生存が期待できるがん。
| 順位 | 部位 | 5年純生存率 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 前立腺(男性) | 94.3% | PSA検診の普及により早期発見率が非常に高い。 |
| 2位 | 甲状腺(女性) | 92.7% | 進行が緩やかでリンパ節転移があっても予後は良好。 |
| 3位 | 乳房(女性) | 88.7% | 検診の浸透とホルモン療法・分子標的薬の進化が寄与。 |
| 4位 | 子宮(全体) | 75.9% | 子宮体がん・頸がん共に早期発見時の予後は良好。 |
| 5位 | 喉頭 | 70%以上 | 早期発見で放射線治療による根治が可能。声も温存できる。 |
【中生存率グループ(30%〜69%)】
早期発見がカギとなるがんや薬物療法の進歩で改善中の血液がん。
| 順位 | 部位 | 5年純生存率 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 6位 | 大腸(結腸・直腸) | 67.2% | 検診(便潜血)による発見が可能だが進行がんも一定数存在。 |
| 7位 | 悪性リンパ腫 | 60%台 | (血液) 分子標的薬(リツキシマブ等)により劇的に改善中。 |
| 8位 | 胃 | 63.5% | ピロリ菌除菌や内視鏡治療の普及で早期発見・治療が進む。 |
| 9位 | 白血病 | 50%後半〜60%台 | (血液) 種類によるが新規薬剤で長期生存が可能に。 |
| 10位 | 多発性骨髄腫 | 45%前後 | (血液) かつての難病も新規薬剤で生存期間が延伸。 |
| 11位 | 肺 | 35.5% | 非小細胞肺がんの薬物療法は進歩したが発見時進行例が多い。 |
| 12位 | 肝臓・肝内胆管 | 33.7% | 肝炎ウイルスの制御で減少傾向だが予後は依然厳しい。 |
【低生存率グループ(30%未満)】
「難治がん」とされ早期発見が困難な領域。
| 順位 | 部位 | 5年純生存率 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| ワースト3 | 脳・中枢神経系 | 20%台 | 解剖学的に手術が困難なケースが多く悪性度も高い。 |
| ワースト2 | 胆のう・胆管 | 20%台 | (要注意) 複雑な解剖と高難度手術。検診手法がない。 |
| ワースト1 | 膵臓 | 10.7% | (最難関) 「暗黒の臓器」。発見時すでに進行しているケースが8割。 |
終章:データが示唆する「正しく恐れる」ための指針
国立がん研究センターの最新データは、がん医療の進歩を証明すると同時に現在の医療技術の限界点をも冷徹に示している。
「がん」を一括りにするのではなく、部位ごとの特性を理解することが肝要である。
我々が今できること
- 「治るがん」に対して: 胃がん、大腸がん、乳がんなどは、検診による早期発見が何よりも重要。
- 「治らないがん」に対して: 膵臓がん、胆道がんなどは、検診が確立されていない分、「リスク因子(糖尿病の急な悪化など)の把握」や「微細な初期症状(背中の違和感など)への警戒」が運命を分ける。
数値の向上に安堵することなく、依然として立ちはだかる難治がんへの対策が次なるがん医療の焦点となるだろう。
そして我々一人一人がこのがん医療の「明暗」を正しく理解し自らの体に向き合うこと。それこそがこの冷徹なデータの中から我々が見出すべき唯一の「希望」なのかもしれない。



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