2025年12月25日、聖なる夜。日本中のお茶の間である奇妙な現象が起こった。
リモコンを手にチャンネルをザッピングする。するとどのチャンネルもまるで示し合わせたかのように、「昭和」という過去の時代を映し出しているのだ。
この夜ゴールデンタイムからプライムタイムにかけて、民放3局が奇しくも同時に「昭和」をテーマにした大型特別番組を放送するという、異例の事態が発生したのである。
なぜ恋人たちのきらびやかな一日であるはずのクリスマスの夜に、テレビ局は一斉に過去へのタイムスリップを選択したのか。
本稿は、この2025年の聖夜に起きた特異なテレビ編成の謎を、時代の節目と現代人の深層心理から解き明かすレポートである。
第一章:聖夜の激突──2025年12月25日、昭和を巡る“三つ巴”

まずこの夜のお茶の間で繰り広げられた、「昭和」特集番組の具体的な激突の構図を確認しよう。
| 放送局 | 番組名 | 放送時間 |
|---|---|---|
| フジテレビ系 | 池上彰&加藤浩次 昭和100年SP 決定的映像!心に刻まれた100人 | 18:30 ~ 22:48 |
| テレビ朝日系 | 昭和の名曲 年末4時間…100年先も残したい名曲SP | 18:00 ~ 21:54 |
| テレビ東京系 | 昭和・平成あったなぁ大賞 | 18:25 ~ 21:50 |
ご覧の通り3番組は18時台から22時近くまで、約3時間半にわたって完全に放送時間が重複していた。これは単なる偶然では片付けられない、現代のテレビ業界が抱えるある共通の狙いを浮き彫りにしている。
一方で同時間帯の他のキー局は、以下のようなラインナップであった。
| 放送局 | 番組名 |
|---|---|
| NHK総合 | 所さん!事件ですよ クリスマスSP |
| 日本テレビ系 | ぐるナイゴチ最終戦 |
| TBS系 | 史上初!2夜連続決戦 SASUKE2025 |
NHK、日テレ、TBSがそれぞれ「所さん」「ゴチ」「SASUKE」という各局の強力なコンテンツのスペシャル版で勝負をかける中、他の民放3局が一斉に「昭和」という同じ引き出しを開けたそのコントラストは、極めて象徴的である。

「うわーっ!本当だブー!フジテレビもテレビ朝日もテレビ東京も、みーんな昭和なんだブー!日テレの『ゴチ』とTBSの『SASUKE』に勝つために、みんなで昭和に逃げ込んだんだブーか…?」
第二章:なぜ、この日に「昭和」が、重なったのか?
ではなぜよりによってクリスマスの夜に、このような番組編成が集中したのか。その理由は大きく三つの複合的な要因に分解することができる。

- 理由①:2025年=「昭和100年」という絶対的な節目
- 2025年は1926年(大正15年)12月25日に始まった「昭和」という元号が、その起点から数えて「100年」という歴史的な節目にあたる年である。
- 一年を通じて様々なメディアがこの「昭和100年」をテーマにした特集を組んできた。各テレビ局にとってクリスマスという年末の大型特番シーズンは、その一年間の「昭和ブーム」の総決算として大型企画を放送する絶好のタイミングだったのだ。
- 理由②:テレビ局の「最大公約数」戦略
- クリスマスの夜は年末年始の中でも特に家族が揃ってテレビを見る数少ない機会の一つである。
- 若者向けの恋愛ドラマや子供向けのアニメだけでは全ての世代の心は掴めない。その点「昭和」というテーマは祖父母世代には「懐かしく」、親世代には「青春」であり、そして若者世代には「新しい(レトロ)」ものとして映る、全世代対応の魔法のコンテンツなのだ。
- 特に歌番組や過去の衝撃映像は世代間の会話を生み出す最も強力なコミュニケーションツールとして、テレビ局にとって極めて計算しやすい「最大公約数」の選択肢だったのである。
- 理由③:実はクリスマスと昭和の“高い親和性”
- そもそも「クリスマスを恋人や家族と祝う」という日本の現代的な文化が本格的に定着し爛熟(らんじゅく)したのは、まさに昭和の高度経済成長期からバブル期にかけてであった。
- 山下達郎の『クリスマス・イブ』やJR東海の「クリスマス・エクスプレス」のCMに象徴されるような我々が抱くクリスマスの“原風景”そのものが、実は「昭和」という時代と分かちがたく結びついている。そのためクリスマスの夜に昭和を振り返ることは、我々の無意識のノスタルジーを最も効果的に刺激する、極めて理にかなった編成戦略とも言えるのだ。

「なるほどだブー!『昭和100年』っていう特別なお祭りだったんだブーね!それに、おじいちゃんもお父さんも僕も、みんなで一緒に見れるもんね!テレビ局の人、頭がいいんだブー!」
終章:過去への旅が照らし出す、現在
結論として2025年のクリスマスの夜にテレビが斉に「昭和」を特集したのは、単なる偶然の産物ではなかった。
それは「昭和100年」という歴史的な節目と全世代に訴求したいテレビ局の経済的な合理性、そして我々の心の奥底に眠るノスタルジーが奇跡的に交差した必然的な結果だったのである。
不確実で先行きの見えない令和の時代。
我々があの不便でしかしどこかパワフルだった昭和という時代に惹きつけられるのはなぜなのか。
クリスマスの夜、家族とこたつを囲みブラウン管の中の過去の光景に笑い、そして少しだけ涙する。
そのひとときは単なる懐古趣味ではない。
過去という鏡を通して我々が今生きているこの時代と、そしてこれから向かうべき未来の姿を静かに照らし出すための大切な時間なのかもしれない。



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