タイの首都「バンコク」の正式名称はなぜ168文字もあるのか?──長文に込められた建国宣言

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「タイの首都は?」と聞かれれば世界中の誰もが「バンコク(Bangkok)」と答えるだろう。
しかし現地のタイ人に「バンコクに行きたい」と伝えても、時にキョトンとした顔をされることがある。なぜなら彼らは自分たちの首都をそうは呼ばないからだ。

彼らが日常的に使う首都の呼び名は「クルンテープ(Krung Thep)」。その意味は「天使の都」。
そしてこの「クルンテープ」ですら、実はその壮大な名前のほんの冒頭部分を切り取った略称に過ぎない。

その正式名称は、ギネス世界記録にも「世界で最も長い地名」として認定されている。アルファベット表記で168文字、パーリ語とサンスクリット語を語源とする荘厳な言葉の連なりだ。

クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャターニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット

なぜ一つの都市の名前にこれほどまでに長く、そして呪文のような言葉が必要だったのか。

その背景には18世紀末、一つの王朝を打ち立てた王の切実な「政治的メッセージ」が隠されていた。


第一章:それは「地名」ではなく、「王権の讃歌」である

この長大な名前を制定したのは、現在のタイの王朝であるチャクリー王朝の開祖ラーマ1世(在位:1782年〜1809年)である。
1782年、彼はチャオプラヤー川の東岸に新たな都を建設。それが現在のバンコクだ。

この時彼が授けたこの名前は単なる「地名」ではない。その一つ一つの単語に意味が込められた「都市への壮大な讃歌」であり、そして「新王朝の正当性を高らかに宣言するプロパガンダ」であった。

その荘厳な意味を日本語で要約すると以下のようになる。

「天使の偉大なる都、帝釈天(インドラ神)の不滅の宝石のごとき都、決して陥落することのない偉大な都、九つの高貴な宝玉を授けられた世界の壮麗なる都、王が住まうにふさわしい数多の壮大な王宮を持つ喜びに満ちた都、神々の化身が住まう天上の神殿、帝釈天が建築の神に命じて造らせた都」

要するに「ここは神々が住むほどに素晴らしく、そして決して滅びることのない世界一立派な王の都である」と、考えうる限り全ての美辞麗句を並べ立て、その栄光を讃えているのだ。

ブクブー
ブクブー

「うわーっ!すごいんだブー!ただの地名じゃなくて、『僕の作ったこの街は世界一すごくて絶対に滅びないんだぞ!』っていう王様の叫びだったんだブーね!そりゃ長くなるわけだブー!」


第二章:なぜ、そこまで強調する必要があったのか?

ラーマ1世がこれほどまでに大袈裟とも言える名前を新首都に与えたその背景には、彼の 바로前の王朝である「アユタヤ王朝」のあまりにも悲劇的な滅亡がある。

1767年、400年以上にわたり栄華を誇ったアユタヤ王朝の都は、隣国ビルマ(現在のミャンマー)軍の侵攻によって徹底的に破壊され略奪され、廃墟と化した。

この国家的なトラウマを乗り越え新たに国を建て直すにあたり、ラーマ1世は国民とそして周辺の外敵に対し、こう強く示す必要があった。

「この新しい都はかつてのアユタヤ以上に偉大で、そして神々に守護された二度と滅びることのない永遠の都なのだ」と。

つまりあの長い正式名称は、国民の不安を払拭し新王朝の威信を国内外に誇示するための「言葉によって築かれた難攻不落の要塞」だったのである。だからこそ短くては意味がなかったのだ。


第三章:世界中が呼ぶ「バンコク」という名の、皮肉なねじれ

ではなぜ世界はこの神々の都を「バンコク」と呼び続けるのか。
実は「バンコク(Bangkok)」という名称は、この地が首都になるずっと以前、まだチャオプラヤー川沿いの小さな漁村であった頃の古い呼び名なのだ。

  • Bang(バーン): 川沿いの村、水辺の集落
  • Kok(コーク): マコークというオリーブに似た植物の名前

つまり「バンコク」とは「マコークの木が生える水辺の村」程度の意味である。

18世紀以降この地を訪れたヨーロッパの商人や船乗りたちは、首都があの立派な「クルンテープ~(以下略)」になった後も、昔ながらの発音しやすく覚えやすい「バンコク」という呼び名を使い続けた。

その結果、現地では「神々の偉大なる都(クルンテープ)」と呼ばれている聖なる場所が、世界からは今もなお「木の生えるただの村(バンコク)」と呼ばれ続けるという、何とも皮肉なねじれ現象が起きてしまったのである。

ブクブー
ブクブー

「ええーっ!?そんな皮肉なことになってたんだブーか!タイの人たちが一生懸命すごい名前で呼んでるのに、世界中からは『マコーク村』って呼ばれてるようなものなんだブーね…。ちょっとかわいそうだブー…。」

POINT

二つの名前の皮肉な意味のギャップ

  • クルンテープ(現地の呼び名): 「天使の偉大なる都」
  • バンコク(世界の呼び名): 「マコークの木が生える水辺の村」

終章:タイ人はフルネームを言えるのか?──“歌”になった建国宣言

「では現地のタイ人もさすがにフルネームでは呼ばないだろう」という我々の推測は正しい。普段の会話では誰もが「クルンテープ」と呼ぶ。

しかし驚くべきことに多くのタイ国民は、あの長い正式名称を暗唱することができる
なぜか。それはその長い名前が一曲の「歌」になっているからだ。

1989年にタイの国民的ロックバンド「アサニー・ワサン(Asanee-Wasan)」が、この正式名称をそのまま歌詞にした楽曲『クルンテープ・マハーナコーン』を発表。これが国民的な大ヒットとなった。
日本で言えば「寿限無」や「元素記号の歌」のように、タイの人々はこのロックのリズムに乗せて自国の首都の正式名称を記憶しているのである。

次にあなたがタイを訪れる際は、ぜひ現地の人々に聞いてみてほしい。
「クルンテープの本当の名前を教えて」と。
きっと彼らは誇らしげに、そして少しはにかみながら、リズミカルにあの長い長い「建国宣言」を歌ってくれるはずだ。

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