ぬいぐるみのような愛くるしい外見。そして時に我々の心を鷲掴みにするコミカルな仕草。レッサーパンダは今や日本のみならず世界中で絶大な人気を博している。
特に2005年、千葉市動物公園の「風太くん」が見せたあの人間のような二本足での直立姿は、一種の社会現象となり「レッサーパンダ=立つ、かわいい動物」というイメージを決定的なものとした。
こうした背景から、「この愛らしい動物を自宅でペットとして飼育したい」という願望が生まれるのは自然な感情かもしれない。
しかしその一見純粋な愛情は、法的規制、種の保全、そして動物自身の生物学的な現実という、極めて高くそして分厚い「壁」の前に脆くも砕け散ることになる。
本稿は、「レッサーパンダは家で飼えるのか?」そして「風太くんのように立つのは珍しいのか?」という二つの主要な問いに対し、国際法から動物行動学まであらゆる角度から、その厳然たる「答え」を提示するレポートである。
第一章:「レッサーパンダは飼えますか?」──その答えは100%、“NO”である
結論から述べよう。
日本国内において一般の個人がレッサーパンダをペットとして飼育することは、法的、倫理的、そして実務的なあらゆる側面において完全に不可能である。

- 国際法による絶対的な“鉄壁”:ワシントン条約(CITES)
- レッサーパンダの商業的な取引を阻止する最初の、そして最強の障壁が「ワシントン条約」である。
- レッサーパンダは、その中でも最も規制が厳しい「附属書I」に掲載されている。これは「絶滅の危機に瀕しており、取引による影響を強く受けている種」を意味し、商業目的での国際取引は原則として全面的に禁止されている。
- 学術研究などごく限られた例外を除き、一個人の「飼いたい」という動機で輸入許可が下りることは絶対にない。
- 日本国内法による二重の“ロック”:種の保存法
- さらに日本国内においても「種の保存法」によって、レッサーパンダは「国際希少野生動植物種」に指定されている。
- これにより販売や購入はもちろん、金銭の発生しない「譲渡(あげる・もらう)」すらも原則として禁止されている。「友人からタダでもらう」といった行為も違法となるのだ。
- 違反した場合、個人であっても5年以下の懲役または500万円以下の罰金という、極めて重い刑罰が科される。
- もし売っているサイトを見つけたら?
- 以上の法的根拠により、日本国内のいかなるペットショップやブリーダーもレッサーパンダを販売することはあり得ない。もしインターネット上で「レッサーパンダ販売」を謳うサイトがあれば、それは100%詐欺か、あるいは密猟や密輸に関わる重大な国際犯罪への勧誘である。

「ええーっ!?そんなに厳しい法律で守られてたんだブーか!飼えないどころかタダでもらうのもダメなんて…!知らなかったんだブー…。もし知らずに飼っちゃったら、犯罪者になっちゃうところだったんだブー…。」
第二章:「立つ」のは珍しいことなのか?──それは“愛嬌”ではなく“威嚇”である
「風太くん」の登場以降、メディアはレッサーパンダが直立することを「珍しい行動」のように報じた。しかし動物行動学の視点から見れば、それは彼らが生きるために身につけた極めて合理的で、そして決して珍しくはない普遍的な行動なのである。

- なぜ彼らは立てるのか
- レッサーパンダは我々人間やクマと同じく、かかとを地面につけて歩く「蹠行性(しょこうせい)」という歩き方をする。足の裏全体で体を支えるため、二本足で立った時の安定性が非常に高いのだ。
- なぜ彼らは立つのか
- 彼らが二本足で立ち上がるその本当の理由は、人間を楽しませるためでは断じてない。
- 威嚇と防衛: 捕食者やライバルのオスに対し前足を大きく広げ、自分の体を最大限に大きく見せるための威嚇のポーズ。人間が「かわいい、万歳!」と感じるあの姿は、実は彼らにとって最大限の虚勢なのである。
- 探索と警戒: 背の高い草むらなどから頭を出し、視点を高くしてより遠くを見渡すため。あるいは風に乗ってくる匂いや音を捉えやすくするための警戒行動。
- 採食行動: 少し高い位置にある竹の葉や木の実を食べるための日常的な動作。
- 彼らが二本足で立ち上がるその本当の理由は、人間を楽しませるためでは断じてない。
- では風太くんの何が特別だったのか
- 立つこと自体は珍しくない。しかし風太くんが特別だったのは、その姿勢の美しさと直立時間の長さにあったと言われている。多くの個体が数秒で着地するのに対し、風太くんは背筋をピンと伸ばし数十秒間その姿勢を維持することができた。その「人間のような立ち姿」こそが、彼をスターダムに押し上げたのだ。

「そうだったんだブー!僕たちが『かわいい!万歳!』って喜んでたあのポーズ、本当は『こっちに来るな!』って怒ってたんだブーか…。全然気づかなかったんだブー…。ごめんよ、風太くん…。」
第三章:ブームから20年──レジェンド「風太くん」の今
ブームから20年が経過した2025年現在、かつてのスター「風太くん」はどうしているのだろうか。

- 驚異的な長寿記録
- 2003年7月5日生まれの風太くんは、2025年7月に22歳の誕生日を迎えた。
- レッサーパンダの22歳は人間で言えば80代後半から100歳を超える超高齢に相当する。野生下での平均寿命が10〜12年とされる中、これは驚異的な長寿記録である。
- 穏やかな老後と手厚いケア
- 現在風太くんは千葉市動物公園で穏やかな老後を送っている。右目は白内障で失明しているが、住み慣れた環境で問題なく生活しているという。
- 足腰の筋力低下に配慮し、展示場内の段差を低くするなどのバリアフリー化も行われている。
- 「風太一族」という偉大な功績
- 風太くんの最大の功績は、その愛らしいポーズだけでなく日本中のレッサーパンダ個体群に残した遺伝的な貢献にある。
- 彼は多くの子宝に恵まれ、その子供、孫、ひ孫たちは繁殖計画に基づき全国各地の動物園へと旅立った。現在日本中の多くの動物園で飼育されているレッサーパンダが、「風太の血」を引いているのだ。
終章:所有するのではなく、「会いに行く」という愛情の形
結論としてレッサーパンダを個人で飼育することは法的に完全に不可能である。そして彼らが二本足で立つのは生きるための必死な生存戦略であった。
「かわいいから飼いたい」という感情は動物への関心の入り口としては自然なものだ。しかしその愛情を「所有し独占する」という方向に向けることは、現代社会において決して許されない。
真の愛情とは、彼らが野生で絶滅の危機に瀕しているという現実を知り、動物園での種の保存活動を支援し、そして彼らが本来の生態を維持できる環境を守ることにある。
幸いなことに日本は世界有数の「レッサーパンダ飼育大国」であり、全国各地の動物園で彼らの愛らしい姿に会うことができる。中には有料で「エサやり体験」ができる施設も存在する。
所有するという一方的な欲望ではなく、動物園へ足を運び彼らの生態を学び、そしてその種の保存に貢献する。
それこそが21世紀における我々とレッサーパンダとの、最も成熟したそして幸福な関係性のあり方なのである。




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