しっとりとしたスポンジ生地、ふんわりとしたバニラクリーム、そして全体を優しく包み込むチョコレートコーティング。1983年の発売以来、ロッテの「チョコパイ」は我々に「スーパーで買える本格的なケーキ」という手軽な贅沢を提供し続けてきた。
しかし冷静に考えれば不思議なことだ。ショートケーキのような生菓子が数日しか日持ちしないのに対し、なぜチョコパイは冷蔵庫に入れる必要もなく数ヶ月という長い賞味期限を保つことができるのだろうか。
そしてもう一つ。
「昔のチョコパイはもっと大きかったような…」。多くの人が漠然と抱いているこの感覚は、単なる思い出補正による気のせいなのだろうか。
本稿は、この国民的お菓子に隠された二つの大きな謎を、食品科学、法規、そして経済学の多角的な視点から徹底的に解き明かすレポートである。
第一章:その正体は「ケーキ」ではなく「ビスケット」である
この謎を解き明かすための最初の、そして最も重要な鍵。それはチョコパイの法的分類にある。我々が感覚的に「小さなケーキ」として認識しているこのお菓子。しかしそのパッケージの種類別名称を見ると、そこには驚くべきことに「ビスケット」と明記されている。

- なぜ「ビスケット」なのか?
- これは日本農林規格(JAS)などに-基づく厳密な定義によるものだ。「ビスケット」とは「小麦粉などを主原料とした生地を焼いたもの」を指す。
- チョコパイの骨格となる「ケーキ」部分は製造工程上、ビスケットの一種として焼成されている。そのためその後にクリームを挟みチョコレートでコーティングしたとしても、法的には「ビスケット」に分類されるのだ。
- 「ケーキ」ではダメだったのか?
- もしチョコパイを「ケーキ(洋生菓子)」として販売した場合、通常は数日程度の「消費期限」での管理が求められ、冷蔵での流通が前提となる。
- ロッテが目指したのは「いつでも、どこでも、手軽に食べられるケーキ」。そのためには常温で長期保存が可能な「賞味期限」で管理できる「ビスケット」という法的カテゴリーに、製品を落とし込む必要があったのだ。
第二章:なぜ「日持ち」するのか?──“半生菓子”をカビから守る、三位一体の技術
チョコパイが生菓子のような食感を持ちながら長期保存できる秘密。それは「ハードル・テクノロジー」と呼ばれる複数の保存技術の組み合わせにある。

- ① 水分はあるのに“使えない”状態にする化学技術
- お菓子が腐敗する最大の原因は微生物(特にカビ)が繁殖することだ。そして微生物が活動するには「自由水」と呼ばれる自由に使える水分が必要となる。
- チョコパイのしっとり感の源は、その生地とクリームに含まれる水分だ。しかし原材料に含まれる「ソルビトール」や砂糖、水あめといった成分がこの水分と強力に結びつく。
- これにより「物理的な水分は十分にある(=しっとりしている)が、微生物はその水を利用できない(=腐りにくい)」という魔法のような状態が作り出されているのだ。これを食品科学の世界では「水分活性(Aw)が低い」状態と呼ぶ。
- ② 包装内に見えない“バリア”を張るアルコールの力
- さらにチョコパイの原材料には「洋酒」や「酒精(アルコール)」が含まれている。これは単なる風味付けのためだけではない。
- 個包装のパッケージ内に揮発したごく微量のアルコール成分が充満することで目に見えない「ガスバリア」が形成される。このアルコールガスがカビの胞子が発芽するのを強力に抑制するのだ。
- ③ 水分と酸素を遮断するチョコレートの“鎧”
- そして最後に製品全体を隙間なく覆っているチョコレートコーティング。
- 油脂の塊であるチョコレートは内部のケーキとクリームから水分が蒸発するのを防ぐと同時に、外部からの湿気や酸素の侵入も遮断する。これにより乾燥や酸化による風味の劣化を防いでいるのだ。
この「化学」「生物学」「物理学」という三つの異なるアプローチによる鉄壁の防衛網こそが、チョコパイの長期保存を可能にしている技術の核心である。

「うわーっ!ただのお菓子なのに、その中には化学と生物学と物理学のすごい技術が詰まってたんだブーか!チョコパイって実は科学の結晶だったんだブーね!」
チョコパイの長期保存を可能にする“三位一体”の防衛網
- 化学の力(水分活性の制御): 「ソルビトール」などが水分と強力に結びつき、「水分はあるが微生物は利用できない」という状態を作り出す。
- 生物学の力(アルコールの力): 個包装内に充満したごく微量のアルコールガスがカビの胞子が発芽するのを強力に抑制する。
- 物理学の力(チョコレートの鎧): 製品全体を覆うチョコレートが水分の蒸発と酸素の侵入を物理的に遮断する。
第三章:「小さくなった」は、気のせいではなかった──シュリンクフレーションの40年史
ではもう一つの謎、「チョコパイは小さくなったのか?」について。
結論から言えばそれは気のせいではない。
チョコパイの40年以上の歴史は日本経済の変動と共に、静かにしかし確実に「縮小」してきたシュリンクフレーションの歴史そのものであった。

- シュリンクフレーションとは何か?
- シュリンクフレーション(Shrinkflation)とは「シュリンク(Shrink=縮む)」と「インフレーション(Inflation=物価上昇)」を組み合わせた造語である。
- これは製品の価格は据え置いたまま、その内容量(サイズや個数)を減らすことで、事実上の値上げ(ステルス値上げ)を行う企業の価格戦略の一つだ。
- 原材料費や輸送費が高騰する中で単純な「値上げ」は消費者の購買意欲を大きく損なうリスクがある。そこでメーカーは価格を維持する代わりに中身を少しずつ減らすことで、コストの上昇分を吸収しようとするのだ。
【データで見る】チョコパイ(袋タイプ)仕様変遷の歴史
| 年代 | 1袋あたりの入数 | 1個あたりの標準重量 | 一袋あたりの総重量(推定) | 主な変更要因 |
|---|---|---|---|---|
| 1987年〜2007年 | 10個 | 33g | 330g | 家族需要への対応、高度経済成長〜デフレ初期 |
| 2008年〜2018年 | 9個 | 32g | 288g | 2008年の原材料高騰(食料価格危機)、少子化 |
| 2019年〜現在 | 9個 | 31g | 279g | さらなるコスト増への対応(ステルス値上げ) |
- 2008年の歴史的転換:「10個」から「9個」へ
- チョコパイの歴史における最大の分水嶺は2008年に訪れた。世界的な食料価格の高騰を受け、ロッテは長年維持してきた徳用袋の入数を「10個」から「9個」へと変更したのだ。
- 静かに進行する「1g」の攻防
- さらに個数の変更だけでなく一個あたりの「重量」も、時代と共に微細な調整(削減)が続けられてきた。2000年代初頭には33gあった一個あたりの重量は2008年頃に32gへ、そして2019年頃には現在の31gへと徐々に減少している。
- トータルで約15.5%の“ダイエット”
- これらの変更の結果、1987年当時一袋あたり約330gあったチョコパイの総重量は現在では約279gとなり、約15.5%も減少していることになる。我々が感じていた「小さくなった」という感覚は記憶違いではなかったのだ。

「やっぱり小さくなってたんだブー!気のせいじゃなかったんだブー!昔は10個も入ってたなんて…!僕たちの思い出とお小遣いは正しかったんだブー…。ちょっと切ないんだブー…。」
チョコパイ(袋タイプ)“ダイエット”の歴史
- 1987年〜: 10個入り / 1個あたり 33g
- 2008年〜: 9個入り / 1個あたり 32g (世界的な食料価格の高騰を受け歴史的な個数変更)
- 2019年〜: 9個入り / 1個あたり 31g (さらなるコスト増への対応)
第四章:「6マスのトレイに9個」というパッケージの謎
2008年の個数変更以来、多くの消費者が抱き続けてきたもう一つの大きな謎。それが「なぜ6つの窪みがあるトレイに9個のチョコパイが変則的に入っているのか」というパッケージの謎である。

これにはメーカー側のいくつかの極めて合理的で、しかし消費者には伝わりにくい事情があった。
- 価格の壁: もしトレイを12個で満たした場合販売価格を大幅に引き上げざるを得ない。スーパーの棚で「298円」といった心理的な価格の壁を超えないために、9個という数に留める必要があった。
- 製品保護の物理学: 非常に柔らかいチョコパイを外部の衝撃から守るため、あえて余裕のあるトレイを使い製品同士の衝突を防ぐ緩衝地帯を確保している。
- 陳列時の視認性: パッケージ全体のサイズを維持することで、店頭の棚での存在感を保ちたいというマーケティング上の動機。
終章:ビスケットの皮を被った、技術の結晶
結論としてロッテ「チョコパイ」が生菓子のような美味しさを保ちながら常温で長期保存できるのは、それが法的には「ケーキ」ではなく「ビスケット」として設計され、そしてそのしっとり感を維持するために水分活性の制御、アルコールによる殺菌、チョコレートによる物理的バリアという高度な食品科学技術が投入されているからであった。
そしてその一個の重量が33gから31gへと静かにその身を削り、そしてパッケージの窪みが一つまた一つと空席になっていったその歴史は、そのまま原材料の高騰とデフレ経済の中でもがき続けてきた平成から令和にかけての日本経済の縮図そのものであったと言えるのかもしれない。
一口の甘いお菓子。
しかしその31グラムの小さな体には、我々の社会と経済の40年分の記憶が確かに刻み込まれているのである。



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