「ヤホーで調べたんですけど」。
漫才コンビ・ナイツの塙宣之があの独特の口調でそう切り出す時、我々はこれから始まる言葉遊びの迷宮へと誘われる。
しかし冷静に考えれば不思議なことだ。
現代のインターネット検索の覇者が圧倒的に「Google」であるこの時代に、なぜ彼は今もなお頑なに「ヤホー(Yahoo! JAPAN)」で調べ続けるのだろうか。
それは単なる古いギャグの使い回しではない。
その一見時代遅れにも見える選択の裏側には、ナイツというコンビがブレイクした2007年頃の「日本独自のインターネット事情」と、売れない時代の苦悩の末に掴み取った「構造的な発明」とも言うべき緻密な計算が隠されていた。
第一章:苦悩の6年間──「ヤホー漫才」誕生前夜
ナイツがこの「ヤホー漫才」の原型を確立したのは、デビューから約6年が経過した2007年頃のことである。
それまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

デビュー後なかなか芽が出ず、夜勤のアルバイトを続けながら芸人活動を行う日々。ネタ作りに十分な時間をかけることもできず、当時のM-1グランプリでウケている他の芸人のスタイルをただ模倣するような試行錯誤を繰り返していたという。
そんな自分たちの「色」が見つからない暗中模索の中で、彼らは一つの結論にたどり着く。
「自分たちには、テンションの高い大きなボケの漫才は向いていない」と。
第二章:「ヤホー」という“発明”──“ボツネタ”が最強の武器になるまで
そして彼らは一つの「型」を発明する。
それは「一つのテーマに沿って小ボケをひたすら羅列していく」という極めてシンプルなフォーマットだった。

- マネージャーからの「ボツ」宣告
- しかしこの新しいスタイルを当時の厳しかったマネージャーに披露したところ、その反応は芳しくなかった。「小ボケの羅列だからボツだ」と。
- ライブでの圧倒的な手応え
- それでも諦めきれなかった二人はライブでこの「小ボケ羅列」ネタを披露する。
- その結果は彼らの想像を超えるものだった。「めちゃくちゃウケました。今までのウケとは全然違って、ネタをやっていて気持ちがよかった。すごいうねりが起きたような感じがしました」と塙は後に語っている。
- 「ヤホー」という完璧な器
- この「小ボケを無限に羅列できる」というフォーマットと「ヤホーで調べたんですけど」という導入のフレーズは、奇跡的な化学反応を起こした。
- 塙が「ヤホーで〇〇について調べたらこう書いてありました」と前置きすることで、その後に続くどんなに突飛な言い間違い(小ボケ)も、「塙がヤホーで見つけた間違った情報」として観客にスムーズに受け入れられる。
- 「ヤホー」というたった一言が、これから始まる無数の小ボケの全てを許容する完璧な「器(うつわ)」として機能したのだ。

「なるほどだブー!あの『ヤホーで調べたんですけど』っていう一言があるから、その後にどんなメチャクチャなことを言っても、『そういう情報があったんだな』って信じちゃうんだブーね!まさに魔法の言葉なんだブー!」
第三章:2007年という“時代”の必然──なぜ「Google」ではなかったのか
この「ヤホー」という選択がなぜこれほどまでに成功したのか。その背景には当時の日本のインターネット事情が深く関わっている。

- 当時の日本の検索シェア:「Yahoo! JAPAN」の一強時代
- 当時日本は世界でも稀に見る「Yahoo! JAPAN 一強」の国だった。特にパソコン初心者にとっては「インターネット=Yahoo!」という感覚が浸透していた。
- Googleの当時の立ち位置
- 一方その頃のGoogleはまだ「検索窓だけのシンプルなサイト」であり、やや玄人向けのイメージが強かった。「ググる」という言葉が一般層に定着する以前のあの時代、誰もが知っている「インターネットの象徴」は間違いなくYahoo! JAPANだったのである。
第四章:「ヤホー」という“音”の発明──なぜ「ゴーグル」ではダメだったのか
そしてこれが決定的な理由である。
ナイツの漫才は塙が様々な言葉を「言い間違える」ことで成立する。この「言い間違い」というフォーマットにおいて「Yahoo!」はあまりにも完璧な素材だったのだ。

- Yahoo! → ヤホー
- アルファベットの「Yahoo」をそのままローマ字読みして「ヤホー」と発音する。
- このたった一つの言い間違いだけで「英語が苦手な、少し間の抜けたおじさん」というキャラクターが一瞬で立ち上がる。その分かりやすさと音の響きの陽気さ。
- Google → ???
- 一方「Google」ではどうだろうか。
- 「ゴーグル」と読み間違えることは可能かもしれない。しかし「ヤホー」という母音が開いた明るい響きが持つ、独特の「抜けた感じ」には到底敵わない。
- 「ヤホーで調べました」というフレーズが持つリズム感と、その一言だけで笑いの空気を作り出す破壊力は唯一無二だったのである。

「確かに!『ヤホー』って言葉だけで、もう面白いんだブー!『ゴーグルで調べました』って言われても、あんまり面白くないんだブー…。言葉のチョイスって大事なんだブーね!」
第五章:浅草の師匠たちへのリスペクト
ナイツの芸の根幹には、彼らがホームグラウンドとする浅草の演芸文化への深いリスペクトがある。

客層の年齢層が比較的に高い浅草の舞台。
そこで「Google」という横文字を使うよりも、「ヤホー」という少し古風でそして誰もが知っているブランド名を言い間違える方が、高齢のお客さんにも「ああ、あのパソコンのやつね」と伝わりやすく、かつ「それを間違えて覚えている若者(という体の塙)」というボケの構造がより親切に理解されたという側面もあっただろう。
もし彼らが当時最先端を気取って、「Google」という言葉を選んでいたら。
今のナイツの国民的な人気はなかったのかもしれない。
終章:笑いを成立させるための、必然の選択
結論としてナイツが今もなお「Google」ではなく「ヤホー」で検索し続ける理由は、単なる惰性では決してない。
それは、
- 売れない時代の苦悩の末に掴み取った「小ボケの羅列」という最強の型と、
- その型を完璧に機能させるための「ヤホーで調べた」という最高の器(導入フレーズ)と、
- そしてその全てが2007年という時代の空気と奇跡的に噛み合った、
という全ての要素が絡み合った笑いを成立させるための必然の選択だったのである。
「ヤホー」という一言はもはや、ナイツの漫才という宇宙を起動させるための絶対不可欠なスイッチなのだ。



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