2026年1月5日早朝、東京・豊洲市場に威勢の良い鐘の音が響き渡った。
新春恒例のマグロの初競り。そのクライマックスで叩き出された金額に、市場は、そして日本中がどよめいた。
5億1030万円。
青森県大間産の一個のクロマグロに付けられたその値段。2019年に記録された過去最高額(3億3360万円)を大幅に更新する歴史的な高値であった。
落札したのは寿司チェーン「すしざんまい」を展開する喜代村。
しかし冷静に考えればこれはあまりにも異常な価格だ。なぜたった一匹の魚にこれほどまでの大金が投じられるのか。
本稿は、この毎年恒例の“ご祝儀相場”の裏側にある極めて計算され尽くした経済的なカラクリと、落札者である木村社長のしたたかなブランド戦略を解き明かすレポートである。
第一章:5億円のマグロ、その“異常性”を数字で分解する
まずこのマグロがどれだけ常軌を逸した価格なのかを、冷静に数字で見てみよう。

- 通常の相場 vs 今回の相場
- 豊洲市場で取引される最高級の大間産クロマグロであっても、通常の取引価格はキロあたり数万円程度である。
- しかし今回の一番マグロ(243kg)はキロあたり約210万円。通常の相場の実に100倍から200倍近い値段がついているのだ。
- もし「原価」で寿司を提供したら?
- このキロ210万円のマグロを寿司ネタにした場合、その原価は驚くべき金額となる。
- 大トロ1貫あたりの原価: 約4万〜5万円
- 赤身1貫あたりの原価: 約2万〜3万円
- しかし「すしざんまい」はこれを店舗で通常価格(数百円)で振る舞うと公言している。
- つまりこのマグロそのものは売れば売るほど数億円規模の「大赤字」を生み出す“不良債権”に他ならないのだ。
- このキロ210万円のマグロを寿司ネタにした場合、その原価は驚くべき金額となる。

「ひえーっ!大トロ一貫の原価が5万円!?僕のお小遣いより高いんだブー!それをいつもの値段で売っちゃうなんて…!絶対に大赤字じゃないかブー!なんでそんな無茶なことをするんだブー!?」
第二章:ではなぜ5億円も払うのか?──そこには三つの明確な狙いがある
この一見無謀にも見える巨額の投資。その背景にはマグロの食材としての価値を遥かに超えた、三つの明確な戦略的狙いが存在する。

- 狙い①:圧倒的な「広告費換算」効果
- これが最大の理由である。もし企業がテレビのゴールデンタイムに全国ネットでCMを打てば、その費用は15秒で数百万円から数千万円にも及ぶ。
- しかしこの「初競り」で過去最高額を更新すればどうなるか。
- NHKを含む全てのテレビ局のニュース番組で一日中繰り返し報道される。
- 新聞各紙そしてWEBニュースのトップページを飾る。
- さらには海外の主要メディア(CNNやBBCなど)でも「日本のクレイジーなマグロ文化」として紹介される。
- これら全てのメディア露出の時間を広告費に換算すれば、5億円を支払っても「お釣りがくる」と言われているのだ。特に「過去最高額」という最も分かりやすいニュースバリューを持つ今年は、その宣伝効果は数十億円規模になるとも推測される。
- 狙い②:「すしざんまい」ブランドの王座奪還
- 実はここ数年(2021年〜2025年)、初競りの主役の座は「銀座おのでら」といった競合他社に奪われていた。正月にあの木村社長の満面の笑みと「すしざんまい!」のポーズを見ない年が続いていたのだ。
- 6年ぶりとなる今回の一番マグロ落札、そして自らが持っていた過去最高額の大幅な更新。これは「やっぱり寿司といえばすしざんまい」という王者のイメージを、日本中の人々の脳裏に強烈に再刷り込みするための執念の5億円だったと言えるだろう。
- 狙い③:生産者への「ご祝儀」と未来への“投資”
- 大間の漁師たちにとって初競りの一番マグロを釣り上げることは、まさに「年に一度の宝くじ」に当たるようなものだ。
- この常識外れの超高値は厳しい冬の海で命がけの漁を行う漁師たちへの「ご祝儀(お年玉)」としての意味合いも強く含まれている。
- 「夢のある価格」を提示することで生産者との強い信頼関係を築き、今後も良質なマグロを優先的に回してもらうための布石という側面も無視できない。

「なるほどだブー!ただマグロを買ってるんじゃなくて、『広告』と『ブランドイメージ』と『未来への投資』をまとめて5億円で買ってたんだブーね!木村社長、ただの陽気なおじさんじゃなくて、すご腕のビジネスマンだったんだブー!」
終章:5億円の本当の“内訳”
結論として今回我々が目撃した5億1030万円という金額。
その本当の内訳はおそらくこのようなものだろう。

- マグロ本来の食材としての価値: 約500万円
- 全世界に向けた広告宣伝費: 約3億円
- 「すしざんまい」ブランドの復活を告げる演出費: 約1億円
- 大間の漁師たちへの夢とご祝儀: 約1億円
そう考えればこの5億円という投資は、極めて合理的でしたたかな企業戦略の一環として見えてくる。
それにしても「3.3億円の記録を少し超える3.5億円」といったケチな数字ではなく、あえて「5億」という誰の記憶にも刻まれる圧倒的な数字を叩き出した木村社長。
その経営者としての計算高さと、そして何よりも一人のエンターテイナーとしてのサービス精神に、我々はただ脱帽するしかない。



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