大分県が誇る全国屈指の人気温泉地、ゆふいん。
風情ある街並みと雄大な由布岳を求め、多くの観光客がこの地を訪れる。しかし、リサーチを始めた旅行者はすぐに一つの疑問に直面する。
ガイドブックには「湯布院」と書かれているのに、到着するJRの駅名は「由布院」。
さらに高速道路のインターチェンジは「湯布院」で、現在の市の名前は「由布市」。
読み方はすべて「ゆふ」あるいは「ゆふいん」だが、漢字がバラバラである。これは単なる表記揺れなのか、それとも明確な意図があるのか。
本稿は、このややこしい漢字の使い分けが生じた歴史的背景と、行政合併がもたらした地名の変遷について解き明かすレポートである。
第一章:オリジナルは「由」──山と駅の歴史
まず、歴史的に古く、本来の地名として存在していたのは「由布院(由)」の方である。

- 由来は「由布岳」
- この地域のシンボルである豊後富士こと「由布岳(ゆふだけ)」。古くからこの山麓にある地域は「由布」の文字が使われてきた。
- 万葉集にも登場する木綿(ゆう)という植物が由来とされる由緒ある地名である。
- 駅名の決定
- 1925年(大正14年)に開業したJR(当時は鉄道省)の駅名は、当然ながら当時の地名を採用し、「由布院駅」と命名された。
- 駅名は一度定着すると変更に多大なコストと手続きを要するため、後述する合併後も改称されることなく、オリジナルの「由」の字を守り続けている。

ブクブー
「なるほどだブー!元々は『由』だったんだブーね。お山とおんなじ漢字だから、こっちが本家本元ってことだブー!」
第二章:「湯」の誕生──昭和の大合併による合成地名
では、なぜ温泉地として有名な「湯布院」という表記が生まれたのか。それは1955年(昭和30年)に行われた自治体の合併がきっかけであった。

- 由布院 + 湯平 = 湯布院
- 昭和の大合併において、旧来の「由布院町(ゆふいん)」と、隣接する「湯平村(ゆのひら)」が合併することとなった。
- 新しい町名を決める際、両方の名前を立てるための折衷案(合成地名)が採用された。
- 湯平の「湯」と、由布院の「布院」を合体させ、「湯布院町」という新しい自治体が誕生したのである。
- 観光ブランドとしての「湯」
- この「湯」という字は、温泉地としてのイメージ戦略上、極めて都合が良かった。
- その後の温泉ブームやまちづくり成功の波に乗り、「湯布院」というブランド名は全国区となり、ガイドブックや旅行代理店ではこちらの表記が主流となっていった。

ブクブー
「湯平の『湯』をもらってたんだブー!温泉地だから『湯』の方が分かりやすいし、ナイスアイデアだったんだブーね!」
第三章:平成の合併でさらに複雑に──「由布市」の誕生
話はここで終わらない。2005年(平成17年)、平成の大合併により事態はさらに複雑化する。

- 先祖返りした「由布市」
- 「湯布院町」は、隣接する「庄内町」「挾間町」と合併し、新たに「由布市(ゆふし)」となった。
- 市の名前としては、歴史的・地理的な包括性を持つオリジナルの「由布」が採用されたのである。
- 住所に残った「湯」
- しかし、慣れ親しまれた「湯布院」ブランドを消すのは惜しいとして、住所表記には旧町名が残された。
- その結果、現在の正式な住所は「大分県 由布市 湯布院町(ゆふいんちょう)」となっている。
- つまり、「由」布市の中に「湯」布院町があり、その中心に「由」布院駅があるという、現在の入れ子構造が完成したのである。
終章:使い分けのルール
結論として、どちらの漢字も間違いではないが、指し示す対象によって正解が異なる。
- 由布院(由): 駅名、地理的名称(盆地や山)、古代からの歴史を指す場合。
- 湯布院(湯): インターチェンジ、昭和以降の観光ブランド、現在の住所(町名)を指す場合。
「由緒ある由布院」と「湯煙の湯布院」。
この漢字の違いは、混乱の種であると同時に、古い歴史と新しい観光ブランドを融合させてきた、この街の発展の年輪そのものと言えるだろう。


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