首都圏の住宅街を歩けば、必ずと言っていいほど目にする緑色の看板、「まいばすけっと」。
その看板を見上げたとき、デザインに詳しい人間ほどある種の違和感、あるいは居心地の悪さを覚えるかもしれない。
使われているフォントが、あの『創英角POP体』(によく似た書体)だからだ。
「町内会の夏祭りのお知らせ」や「小学校のPTA通信」でしか見かけない、あの素人っぽさ全開の丸文字。
天下のイオングループが、なぜこれほどまでに洗練されていない、いわゆる“ダサい”フォントを看板に採用したのか。
デザイナーの手抜きか、予算不足か。否、それは違う。
あれは、「高度に計算された『ダサさ』の勝利」なのだ。
本稿は、まいばすけっとの看板に隠された、巨大資本が地域に溶け込むための「3つの擬態戦略」を解き明かすレポートである。
第一章:「コンビニではない」という強烈な宣言
まず、このフォントが発している最大のメッセージは、「私はコンビニではありません」という否定である。

- コンビニのデザイン文法
- セブン-イレブンやローソンなどのロゴを見てほしい。どれもシャープで、洗練され、都会的だ。
- これらは「新しくて便利なものがあります」というメッセージと同時に、「定価販売です(安くはないです)」というシグナルを消費者に送っている。
- POP体が発する「安さ」のシグナル
- 対して、スーパーのチラシで多用される『POP体』は、「特売」「お買い得」というイメージと直結している。
- もしロゴをスタイリッシュにしてしまうと、消費者は「高いコンビニができた」と警戒する。あえて野暮ったいフォントを使うことで、「あ、ここは野菜や肉が安い、いつものスーパーの出張所なんだ」と、本能的に認識させているのである。

「なるほどだブー!カッコイイ看板だと『高そうだな』って思っちゃうけど、あの文字を見ると『お財布に優しそう』って安心しちゃうブー!ダサさが安心感に変わるんだブーね!」
第二章:「イオンの威圧感」を消すカモフラージュ
二つ目の理由は、運営元である「イオン」の存在感を消すことにある。

- 巨大資本の隠蔽
- 本来、イオンは日本最大の流通グループであり、巨大資本の象徴だ。しかし、狭い路地裏や住宅街において、巨大企業のオーラは「支配的」で「威圧感」を与えかねない。
- 商店街への擬態
- そこで、あの手書き風のフォントを採用することで、イオンという巨人を「商店街の八百屋さん」のような皮で包んで隠しているのだ。
- いわば、「エリートビジネスマンが、あえてヨレヨレのTシャツを着て地元に溶け込もうとしている」ような、高度な擬態(カモフラージュ)戦略である。
- 「AEON」や「MaxValu」といった英語ロゴを使わず、ひらがなで「まいばすけっと」と記すのも、この脱・ブランド戦略の一環である。

「イオンのマークがドーンとあると、なんか緊張しちゃうけど、ひらがなだと親しみやすいブー。エリートが庶民のフリをしてるなんて、策士だブー…!」
第三章:サンダルで入れる「実家感」の演出
そして最後は、心理的なハードルを極限まで下げる効果だ。

- 緊張させないデザイン
- 明朝体やゴシック体には「高級感」があるが、それは同時に「入るのに少し緊張する(ちゃんとしなきゃいけない)」という空気を生む。
- 一方、POP体が醸し出すのは、圧倒的な「脱力感」と「実家感」だ。
- 「サンダルとジャージで入っても怒られなそう」「冷蔵庫代わりに使ってよ」。そんな無言のメッセージが、主婦や高齢者、一人暮らしの学生といったターゲット層を、抵抗感なく店内に吸い込むことに成功している。
終章:フォントは「インフラ」である
結論として、「まいばすけっと」の看板がダサい(ように見える)のは、デザインの敗北ではない。
それは、「大企業感を消し、安さを伝え、誰でも受け入れる」という複雑なミッションを、たった一つの書体選びで解決した、マーケティングの完全勝利であった。
あの看板は、単なる店名表示ではない。
都市生活者の生活動線に「異物感」なく入り込むための、極めて機能的なインターフェース(接点)だったのである。



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