家電量販店のチラシやカタログを見た時、価格欄に「オープン価格」と書かれており、その商品がいったいいくらなのか見当がつかずに困惑した経験はないだろうか。
かつての商品は、メーカーが決めた「希望小売価格(定価)」が表示されているのが当たり前だった。しかし現在、家電製品の多くからは具体的な金額が消え去っている。
なぜ、メーカーは値段を決めることをやめたのか。
その背景には、激化する安売り競争の中で形骸化した「定価」の存在と、消費者を惑わせる「安売り演出(二重価格)」を是正しようとした、公正取引委員会の介入があった。
本稿は、オープン価格が導入された歴史的必然性と、それによって変化した「店と客の交渉術」について分析するレポートである。
第一章:希望小売価格の崩壊──「50%OFF」の嘘
オープン価格が導入される以前、日本の小売業界ではある問題が深刻化していた。それは「定価(メーカー希望小売価格)」と「実売価格」の極端な乖離である。

- 形骸化した定価
- 家電量販店などの安売り店が台頭すると、「定価1万円の商品を、常に5,000円で売る」といった販売手法が常態化した。
- こうなると、消費者は「50%OFFでお得だ」と感じるが、実際にはどの店でもその価格で売られているため、定価である1万円には何の実体も意味もなくなっていたのである。
- 二重価格表示への規制
- 実態のない定価を引き合いに出して安さを強調する手法は、消費者に誤認を与える「不当な二重価格表示」にあたる恐れがあった。
- これを受け、1990年代頃から公正取引委員会による指導が強化され、メーカー側は「あえて価格を表示しない(実勢価格に委ねる)」というオープン価格制度へと舵を切ることとなった。

「ええーっ!ずっと半額なら、それが本当の値段だブー!『定価』って言葉を使って安く見せかけてたなんて、ある意味サギに近いブー!」
第二章:消費者の困惑とメリット──「グレード」が見えない不便さ
この移行は、適正な価格表示を取り戻すための措置だったが、同時に消費者にとって新たな不便も生み出した。

- 商品の「格」が分からない
- カタログに価格が載っていないため、消費者はその商品が「高級機」なのか「普及機」なのかを直感的に判断できなくなった。予算を組むためには、いちいち店頭やネットで実売価格(相場)を調べなければならないコストが発生する。
- メリット:不信感の払拭
- 一方で、「定価の半額!」といった煽り文句が消えたことで、「本当はいくらの価値があるのか?」というメーカー価格への不信感は解消された。消費者は「割引率」という幻ではなく、目の前の「実売価格」だけで購入を判断する健全な環境を手に入れたとも言える。

「確かに『オープン価格』って書かれてると、高いのか安いのかサッパリ分からないブー…。いちいちスマホで調べなきゃいけないのは面倒だブー。」
第三章:交渉の復権──商いの原点回帰
オープン価格の導入は、小売店の現場にも変化をもたらした。それは、「値付けの主導権」がメーカーから小売店(および消費者)へ完全に移行したことを意味する。

- 仕入れ値と利潤のせめぎ合い
- オープン価格であっても、店側の「仕入れ値」は決まっている。そこにどれだけの利益(マージン)を乗せるかは、各店舗の戦略次第となる。
- 「価格は店員にご相談ください」という札は、店側が他店との競争力をつけるために持たせた「値引きの余白(バッファ)」の表れである。
- 現代の「相対(あいたい)取引」
- 基準となる定価がない以上、消費者は他店やネットの価格(相場)を武器に交渉し、店側は利益ラインを死守しつつ販売を試みる。
- これはある意味、定価など存在しなかった時代の、客と商人がやり取りしながら値段を決める「昔ながらの商い」への回帰とも解釈できる。
終章:賢い消費者が価格を決める
結論として、オープン価格とは、メーカーが価格決定を放棄したのではなく、「市場原理(需要と供給)」に価格決定を委ねた結果生まれたシステムであった。
そこには「定価」という道しるべはない。
現代の消費者は、提示された価格を鵜呑みにするのではなく、自ら相場を調べ、店員と交渉し、納得できる価格を見つけ出す「目利き」の能力が求められているのである。



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