「やめられない、とまらない」のフレーズで知られるカルビーの「かっぱえびせん」。
パッケージには堂々と「せんべい」の名が刻まれているが、冷静に観察すると違和感を覚えないだろうか。
一般的な「えびせん」は平たくて丸い。しかし、かっぱえびせんは棒状で、スナック菓子のように軽い。
「これ、本当にせんべいなのか?」
その鋭い疑問に対する答えは、「No(厳密にはせんべいではない)」である。
実はかっぱえびせんは、日本の食文化が「伝統的な和菓子」から「現代のスナック」へと切り替わる過渡期に生まれた、特殊なハイブリッド食品だったのだ。
本稿は、なぜ小麦粉のお菓子が「せんべい」を名乗ったのか、その開発の歴史と製造の裏側を解き明かすレポートである。
第一章:原料は「米」ではなく「小麦粉」
まず、食品分類上の決定的な違いを見ていく。
一般的に「せんべい」とは、うるち米を原料とし、焼いたり揚げたりした「米菓」を指す。

- 戦後の代用品から誕生
- しかし、かっぱえびせんの主原料は「小麦粉」である。
- 開発のルーツは戦後の食糧難時代にある。当時貴重だった米の代わりに、アメリカから入ってきた小麦粉を使って「あられ」のようなお菓子を作れないかと試行錯誤したのが始まりだ。
- つまり、その正体は「えびせんべい」というより、「エビ風味の小麦スナック」と呼ぶのが正確なのである。

「ええっ!お米じゃなくて小麦粉だったんだブー!?スナック菓子なのに『せんべい』って名乗ってたなんて、ある意味大胆だブー!」
第二章:「かっぱ」とは何者か?──シリーズ27番目の傑作
次に気になるのが「かっぱ」という名前だ。河童がエビを持っているわけではない。これは当時の漫画ブームに由来する。

- 「かっぱあられ」の最終形態
- 昭和30年代、清水崑の漫画『かっぱ天国』が大流行していた。カルビー創業者はこのキャラクターをパッケージに起用し、小麦粉で作ったあられを「かっぱあられ」としてシリーズ化した。
- その後、様々な味のバリエーションが作られ、シリーズ第27弾(最後発)として開発されたのが、この「かっぱえびせん」だったのだ。
- ヒントは「かき揚げ」
- 創業者が幼少期に好物だった「川エビのかき揚げ」をヒントに、エビを殻ごとミンチにして小麦粉に練り込んだ。これが爆発的なヒットとなり、「かっぱシリーズのえびせん風お菓子」としてその名が定着したのである。

「27番目だったんだブー!?もし26番目でやめてたら、かっぱえびせんは生まれてなかったかもしれないんだブーね…。」
第三章:なぜあの形なのか?──「煎る」ための工夫
かっぱえびせん最大の特徴である「ギザギザの入った棒状」の形。これはデザインではなく、製造工程における機能的な理由から生まれたものだ。

- 餅のように伸ばして、切る
- 生地は蒸練(じょうれん)され、一度柔らかい餅のような状態になる。これをローラーで薄いシート状に伸ばし、同時に表面に「筋」を入れる。
- その後、乾燥させてから細長い形に「カット(切断)」して成形される。
- 「筋」の重要な役割
- 表面のあの筋には、乾燥工程で「乾きやすくする」効果と、仕上げの塩味を「絡みやすくする」という重要な役割がある。
- そして最大の特徴は、油で揚げるのではなく、鉄板や網の上で「煎る(ロースト)」ことで生地を膨らませている点だ。(※仕上げに植物油を吹き付けている)
- 「揚げ菓子」ではなく「煎り菓子」である点において、かっぱえびせんは辛うじて「せんべい(焼き菓子)」の系譜に足を残しているとも言える。
第四章:あえて「せんべい」と名乗った戦略
では、なぜ「かっぱエビスナック」にしなかったのか。そこには1964年(発売年)当時の事情がある。

- スナック文化の夜明け前
- 当時、日本にはまだ「スナック菓子」という概念が浸透していなかった。
- 消費者に新しいお菓子を手に取ってもらうためには、馴染みのある「せんべい」という言葉を借りて、「エビ味の新しいお煎餅のようなもの」として紹介する必要があったのだ。
終章:和と洋の架け橋
結論として、かっぱえびせんは「せんべい」ではない。
それは、小麦粉という西洋の材料を使い、かき揚げという和の味付けを施し、餅のように練ってからローストするという、和洋の技術が融合した「日本初の本格スナック菓子」であった。
名前は「せんべい」、中身は「スナック」。
この矛盾こそが、日本の食文化が大きく変化していった昭和という時代を象徴する、歴史の証人なのである。



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