スーパーやコンビニの棚から、あの見慣れた牛のキャラクターが一時的に消えようとしている。
2026年3月17日、山芳製菓は看板商品であるポテトチップス「わさビーフ」をはじめとする主力製品の生産および出荷を停止したと発表した。オンラインストアもすでに停止状態となっている。
ポテトチップスの生産停止といえば、過去には台風や天候不順による「深刻なジャガイモ不足」が原因となるのが常だった。しかし、今回の理由はジャガイモでも油でもない。
「イラン情勢の悪化(ホルムズ海峡の事実上の封鎖)による重油調達の困難」である。
遠く離れた中東の地政学的リスクが、なぜ日本のローカルなスナック菓子の製造を直撃したのか。
本稿は、今回の「わさビーフ・ショック」を紐解き、日本の製造業が抱えるエネルギー調達の脆弱性と、競合他社との明暗を分けた構造的要因について分析するレポートである。
第一章:なぜ「わさビーフ」が止まったのか?──ボイラーと重油の依存構造
今回、山芳製菓が生産停止に追い込まれたのは、「わさビーフ」「しおビーフ」「明太マヨビーフ」など主力6製品である(期間限定のプライベートブランド製品などは生産を継続)。その直接的な原因は、工場を動かす「熱源の喪失」にあった。

- 重油ボイラーという心臓部
- ポテトチップスを製造する際、大量のスライスされたジャガイモを高温の食用油で揚げる工程が不可欠である。
- 兵庫県朝来市にある山芳製菓の工場では、この食用油を加熱するための熱源として「重油ボイラー」を使用している。
- 同工場では1週間に約3万リットルもの重油を消費するが、中東情勢の悪化によって購入先からの調達めどが完全に立たなくなり、3月12日から工場の稼働を一部停止せざるを得なくなったのだ。

「ええーっ!ジャガイモはあるのに、それを揚げるための『火(燃料)』が中東から来なくなっちゃったんだブー!?そんなダイレクトに影響が出るなんてビックリだブー!」
第二章:カルビー・湖池屋との明暗──「熱源の違い」が勝敗を分けた
ここで一つの疑問が生じる。「他のポテトチップスメーカーは大丈夫なのか?」という点だ。
報道によれば、業界の2大巨頭であるカルビーと湖池屋は、現時点で生産停止には至っていない。この明暗を分けたのは、各社の「工場インフラ(熱源)の違い」である。

- 重油を使わない湖池屋
- 湖池屋は取材に対し、「製造過程で重油を使用していないため、現時点で影響は出ていない」と回答している。重油ではなく、都市ガスや電力など、中東の海上封鎖の影響を(直接的・短期的には)受けにくい別のエネルギー源でフライヤーを稼働させていると推測される。
- 情報収集を急ぐカルビー
- 最大手のカルビーも「現時点では影響は確認できていない」としているが、予断を許さない状況として情報収集を続けている。
設備投資のタイミングや工場の立地によって選択された「エネルギー源の違い」が、有事におけるBCP(事業継続計画)の成否をくっきりと分ける結果となったのである。

「なるほどだブー。ガスや電気で揚げてる会社は無事だったんだブーね。どの燃料を使ってるかで、会社の運命が分かれちゃうなんてシビアだブー…。」
第三章:ホルムズ海峡という日本の「アキレス腱」
今回の事態の根本原因である「イラン情勢の悪化に伴うホルムズ海峡の事実上の封鎖」は、一企業の努力でどうにかなるレベルの災害ではない。

- エネルギーのチョークポイント
- ホルムズ海峡は、中東の産油国から原油を世界に運ぶための最重要ルート(チョークポイント)である。日本が輸入する原油の約8割以上が、この狭い海峡を通過している。
- ここが封鎖されるということは、日本国内への原油・重油の供給が物理的にストップし、在庫の奪い合いが起きることを意味する。山芳製菓のような中堅メーカーが、優先的に燃料を確保することが極めて困難になるのは火を見るより明らかだ。
終章:「たかがポテチ」では済まされない未来の予兆
「現在、燃料の確保や生産体制の調整を進めているが、操業再開のめどは立っていない」とする山芳製菓。
今回のニュースを「わさビーフが食べられなくなって残念だ」という消費者目線だけで終わらせてはいけない。
これは、日本の製造業が中東の化石燃料にどれほど深く依存しているか、そしてグローバルなサプライチェーンの分断が、いとも簡単に我々の日常を破壊し得るかを示す、極めて深刻な炭鉱のカナリア(危険の兆候)である。
今日は重油を使うポテトチップス工場が止まった。明日は、物流のトラックが止まり、別の食品工場が止まるかもしれない。
遠い異国の海峡封鎖は、確実に私たちの食卓の真上に暗い影を落とし始めている。


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