プロ野球や高校野球など、あらゆる野球大会の幕開けを告げる「始球式」。
現在では投手の投じた球を打者が(多くの場合)空振りし、試合開始の合図とするのが定番の風景となっている。
この始球式は、当然のように野球の母国であるアメリカから輸入された文化だと思われがちだ。しかし、記録に残る歴史を辿ると、「マウンドに立ってボールを投げる」という我々がよく知る現在のスタイルは、アメリカではなく日本で誕生した可能性が高いのである。
そこには、一人の偉大な政治家と、日米の野球交流の歴史が深く関わっていた。
本稿は、プロ野球開幕を前に、日米の始球式の歴史と、そこに隠された「世界初」の記録、そして日本独自の文化が形成された背景を解き明かすレポートである。
第一章:明治41年、羽織袴のVIPによる「記念すべき一球」
日本における(そしてマウンドからの投球としては世界初の)始球式の記録は、明治時代にまで遡る。

- 1908年の日米国際試合
- 1908年(明治41年)、アメリカからプロの選抜チーム「リーチ・オール・アメリカン」が来日し、早稲田大学の野球チームと対戦することとなった。
- 当時としては画期的な国際的大イベントであったこの試合を記念し、試合開始前に一人のVIPがマウンドへ向かった。早稲田大学の創設者であり、のちに総理大臣も務めた大隈重信(おおくましげのぶ)である。
- マウンドからのピッチング
- 大隈重信は羽織袴にソフト帽という和洋折衷の出で立ちでマウンドに登り、キャッチャーに向けてボールを投げ込んだ。
- この堂々たる投球ポーズは写真にも残されており、これが日本における、そして「マウンドから振りかぶって投げる形式」としては世界最古の始球式とされている。

「ええーっ!大隈重信がマウンドに立ったのが世界初だったんだブー!?しかも羽織袴で投げるなんて、めちゃくちゃカッコイイブー!」
第二章:アメリカの「大統領始球式」との決定的な違い
では、本場アメリカの始球式事情はどうなのだろうか。

- 最古の記録は「タフト大統領」
- アメリカにおける始球式で、明確な記録として残っている最も古いものは、大隈重信の投球から2年後となる1910年4月のことである。
- メジャーリーグのセネターズ対アスレチックス戦において、当時のウィリアム・タフト大統領が試合前にボールを投げたのが始まりとされている。
- スタンドからの「トス」
- しかし、タフト大統領の始球式は、現在の私たちが想像するものとは大きく異なっていた。大統領はマウンドには上がらず、「観客席(スタンド)の最前列から、グラウンドにいるキャッチャーに向かってボールをトスする」というスタイルだったのだ。
- 以後、メジャーリーグにおける大統領の始球式は長らくこの「スタンドからのトス」スタイルが定着することとなる。つまり、「グラウンドのマウンドに立ってキャッチャーへ投げる」という行為は、大隈重信のほうが本場よりも早く、かつ現代的な形で行っていたのである。
第三章:なぜ日本では「空振り」がマナーになったのか?
ここで、現代の始球式におけるもう一つの疑問に触れておきたい。なぜ、始球式のボールに対して打者は「空振り」をするのが暗黙のルールとなっているのか。実はこれにも、大隈重信の始球式が深く関わっているという有名な逸話がある。

- 学生たちの“忖度(そんたく)”が生んだ文化
- 大隈重信がマウンドから投げた記念すべき第一球は、ストライクゾーンを大きく外れ、とんでもない悪球(大暴投)になってしまったと言われている。
- しかし、打席に立っていた早稲田大学の1番打者は機転を利かせた。「大先生(総長)が投げたボールを、ボール球(悪球)にしてはいけない」と考え、わざとバットを大振りしてストライクにしたのである。
- この学生の気遣いと敬意ある行動が美談として広まり、「始球式のボールは、敬意を表して絶好球であろうと悪球であろうと空振りする」という、日本独自の美しいマナーが定着したとされている。

「なるほどだブー!『先生の投げた球は全部ストライクです!』っていう、究極の忖度から生まれたルールだったんだブーね(笑)。」
終章:一球に込められた敬意と歴史
結論として、始球式というセレモニーのルーツには、アメリカの「大統領によるスタンドからのトス」と、日本の「大隈重信によるマウンドからの投球」という二つの異なる系譜が存在していた。
現在、日本のみならずメジャーリーグでもマウンドから投げるスタイルが主流となっていることを考えれば、大隈重信が羽織袴姿で投じたあの一球は、現代の始球式の「真の原点」と言えるかもしれない。
球春到来。
マウンドに上がったゲストがボールを投げ、打者が豪快に空振りをする。その光景の裏には、100年以上前の政治家の威厳と、彼を慕う学生の細やかな気遣いが、今もなお息づいているのである。


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