2025年、秋。日本の政権交代をきっかけに、隣国・中国との関係は、かつてないほどの速度で、そして、深刻さで、凍りついていった。
発端は、高市新総理による、台湾有事をめぐる国会答弁。この一言が、中国側の、最も敏感な「核心的利益」に触れ、瞬く間に、外交問題へと発展した。中国側は、日本への渡航自粛を国民に呼びかけ、今週末に予定されるG20での首脳会談も「予定はない」と、対話の扉を固く閉ざしている。
その影響は、外交の世界に留まらない。「クレヨンしんちゃん」などの日本映画の公開が延期され、人気グループ「JO1」のイベントが中止になるなど、文化交流は寸断。さらに、日本産水産物の輸入手続きが停止され、一部航空会社が日本路線の運休を発表するなど、経済活動にも、深刻な影を落とし始めている。
なぜ、中国は、これほどまでに、激しく反発しているのか。過去にもあった、数々の関係悪化の局面と、今回は、何が違うのか。そして、この、あまりにも、冷え切ってしまった関係を、修復する術は、果たして、あるのだろうか。
本稿は、事の発端から、その影響の全容、そして、中国側の“怒りの本音”と、過去の事例から学ぶべき「おさめ方」までを、多角的な視点から、解き明かすレポートである。
第一章:発火点──何が、中国の“逆鱗”に触れたのか
全ての始まりは、2025年11月7日、高市早苗総理が、国会で行った、一つの答弁だった。
- 問題となった発言
- 高市総理は、台湾有事に関し、「武力行使を伴えば、(日本の)存立危機事態になり得る」と、答弁した。
- 「存立危機事態」とは、日本の安全保障関連法制において、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を指す。この認定がなされれば、日本は、自国が直接攻撃されていなくても、集団的自衛権の行使が可能となる。
- 中国側の認識:「一つの中国」原則への、正面からの挑戦
- 中国にとって、「台湾は、中国の不可分の一部である」とする「一つの中国」原則は、国家の根幹に関わる、絶対に譲ることのできない「国体」の問題である。
- 高市総理の発言は、この台湾問題を、日本の安全保障と直接的に結びつけ、さらには、軍事的な介入の可能性を示唆するものとして、中国側には、「内政干渉」であり、「核心的利益」への、極めて悪質な挑戦と、受け止められたのだ。
- 特に、10月31日に、習近平国家主席が高市総理と初めて会談し、「建設的かつ安定的な関係の構築」を確認した、そのわずか一週間後の発言であったため、中国側は「メンツを、完全に潰された」と、激しい怒りを覚えたとみられている。

「ええーっ!?首脳会談で仲良くしようって話した、たった一週間後に、一番言っちゃいけないことを言っちゃった、ってことなんだブーか…。それは、相手が怒るのも無理ないんだブー…。」
第二章:何が起きているのか──中国が繰り出す、多方面への“報復措置”
高市総理の発言以降、中国側は、矢継ぎ早に、そして、多方面にわたる、事実上の対抗措置を発動している。
- 外交的圧力の強化
- 中国外務省は、高市総理の発言を受け、深夜に日本大使を呼び出し、抗議。11月18日に行われた、外務省の金井アジア大洋州局長との協議後も、中国側の劉勁松アジア局長は、ポケットに手を突っ込んだまま、「もちろん不満だ。雰囲気は厳しかった」と、不快感を隠さない。
- 人の往来の、全面的な制限
- 中国政府は、国民に対し、「日本の治安悪化」などを理由に、日本への▼渡航自粛、▼留学の慎重な検討、▼旅行を控えるよう注意喚起、といった、異例の呼びかけを行っている。
- これを受け、四川航空が、2026年1月から就航予定だった「札幌-成都」便の運休を発表するなど、航空路線への影響も、具体化し始めている。
- 経済的報復:日本産品の輸入停止
- 政府関係者によれば、中国政府は、日本産水産物の輸入手続きを停止した。中国側は、表向きの理由として、「福島第一原発の処理水に関するモニタリングが必要」と主張しているという。
- さらに、日本産牛肉の輸出再開に向けた政府間協議も、中国側の意向で中止となっていたことが判明している。
- 文化・エンタメへの影響
- 中国メディアによれば、「クレヨンしんちゃん」や「はたらく細胞」といった、日本映画の公開が延期。
- また、音楽グループ「JO1」や、吉本新喜劇の上海公演が、相次いで中止を発表。文化交流にも、急ブレーキがかかっている。

「クレヨンしんちゃんまで見れなくなっちゃうんだブーか…。政治の難しい話が、僕たちの好きなものまで奪っていくのは、すごく悲しいんだブー…。」
中国側による、事実上の“報復措置”一覧
- 外交: 日本大使を深夜に呼び出し抗議。G20での首脳会談も拒否。
- 人の往来: 国民に日本への渡航自粛を呼びかけ。航空便の運休も。
- 経済: 日本産水産物・牛肉の輸入手続きを停止。
- 文化: 日本映画の公開延期、音楽グループや演劇の公演が相次いで中止。
第三章:失われる1.8兆円?──日本経済を襲う、深刻な打撃
中国側の「人の往来の制限」は、日本の基幹産業の一つである、観光業に、深刻な打撃を与える可能性がある。
- 中国依存という現実
- 2025年1月〜9月の訪日外国人客数のうち、中国からは749万人と、国・地域別で最多(全体の24%)を占める。
- また、観光庁によれば、中国人観光客一人あたりの旅行消費額は、約24万円と、他国に比べても高い水準にある。
- 留学生においても、中国は12.3万人と、全体の37%を占める、最大の供給国である(2024年度・文科省)。
- 試算される、巨額の経済損失
- ある試算によれば、今後、中国人の渡航制限が続いた場合、日本の経済損失は、約1.8兆円にのぼる可能性がある。
- 観光業は、日本の“輸出産業”
- 外貨を稼ぐ、という視点で見ると、訪日客の消費額は、日本の輸出産業の中で、自動車に次ぐ、第2位の規模を誇る(2024年・財務省/観光庁)。
- 自動車:17.9兆円
- 訪日客消費:8.1兆円
- 半導体等電子部品:6.1兆円
- つまり、今回の中国の措置は、日本の、自動車に次ぐ「輸出産業」を、直撃しているに等しいのだ。
- 外貨を稼ぐ、という視点で見ると、訪日客の消費額は、日本の輸出産業の中で、自動車に次ぐ、第2位の規模を誇る(2024年・財務省/観光庁)。
第四章:中国の“怒りの本音”──なぜ、これほどまでに、激しく反発するのか
今回の、中国側の、異常とも言えるほどの、激しい怒り。その背景には、何があるのか。有識者らの分析によれば、そこには、「メンツ」と「国体」、そして、習近平国家主席、個人の強い意志が、浮かび上がる。
- 習主席、本人の怒りを示す「奉示召見」
- この怒りが、単なる官僚レベルのものではないことを示す、一つのサインがあるという。中国国営中央テレビ(CCTV)のSNSの「別アカウント」が、日本大使を呼び出した際に、「奉示召見(フォンシージャオジェン)」という、異例の言葉を使ったのだ。
- 「召見」は呼び出す、という意味だが、「奉示」は、これまで日本に対して使われたことがなく、「非常に偉い人が、自らの意志で呼び出している」時にしか使われない、極めて強い言葉だという。これは、習近平国家主席、本人が、直接的に、そして、強く、怒っていることの、何よりの証左だと、見られている。
- 台湾は「国体」そのもの
- なぜ、習主席は、ここまで怒るのか。それは、彼にとって、台湾問題が、軍事や経済といった「実利」の問題である以前に、国の根幹に関わる「国体」の問題だからである。「一つの中国」という原則は、中国という国家の、あり方そのものであり、それを、外部から批判されることは、断じて、許容できないのだ。
- また、台湾統一を実現することは、毛沢東、鄧小平と並び、名実ともに「偉大な指導者」となるための、彼個人の「実績」としても、極めて重要視されている。
第五章:過去の事例から学ぶ「おさめ方」──関係修復への、三つの道筋
では、この、凍りついた関係を、修復する手立ては、あるのだろうか。過去の関係悪化の事例が、いくつかのヒントを与えてくれる。
- 過去の事例
- 2005年(小泉総理の靖国参拝)、2012年(尖閣諸島国有化): 反日デモが激化したが、2005年のケースは、その後に控えていた北京オリンピックなどの国際イベントを前に、国際協調ムードの中で、うやむやになった。また、2012年のケースは、その後の中国側のトップ交代が、一つの区切りとなった。
- 2017年(韓国のミサイル導入問題): 今回の日本のケースに近い、激しい反発があったが、その後の韓国側のトップ(大統領)交代によって、関係は改善に向かった。
- 2023年(処理水放出問題): 中国は、日本産水産物の全面禁輸という、強硬な措置をとった。しかし、その後、中国国内で、日本人学校の児童が刺されて死亡するという痛ましい事件が発生するなど、反日感情の行き過ぎが懸念される中で、中国政府は、一転して、輸入再開へと舵を切った。これは、中国側の“やりすぎ”が、自らの首を絞め、結果的に、関係改善へと繋がったケースである。
- 関係改善への、三つの可能性
- これらの過去の事例から、関係改善の要因となり得るのは、①国際的なイベント、②トップの交代、③中国側の“やりすぎ”、という、三つのパターンが考えられる。
- しかし、現状では、①は期待できず、②は、両国ともに、すぐには考えにくい。そうなると、③の、中国側が、何らかの形で、自らの強硬策の「落としどころ」を探るという展開が、最も、現実的なシナリオとなるのかもしれない。
終章:出口の見えないトンネル
高市総理の発言をきっかけに、急速に悪化した、日中関係。その背景には、台湾問題をめぐる、両国の、そして、習近平国家主席個人の、決して譲ることのできない、根本的な認識の違いがあった。
過去の事例は、関係改善には、何らかの「大きなきっかけ」が必要であることを示している。しかし、現時点では、その糸口は、全く見えていない。
上海の、ある旅行代理店は、「日中問題はよくあること。1週間ほどで収まるのではないか」と、楽観的な見方を示したという。しかし、今回ばかりは、その言葉通りに、事が収まる保証は、どこにもない。
我々は、この、出口の見えないトンネルの中で、両国の、そして、世界の動きを、注意深く、見守っていく必要がありそうだ。



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