師走の街に山下達郎の『クリスマス・イブ』が流れ始めると、特定の世代の日本人は条件反射的にある一つの情景を思い浮かべる。
赤いコートをはためかせ、大きなプレゼントの箱を抱きしめ、そして駅のコンコースをただひたすらに走る一人の少女。
1989年(平成元年)に放送されたJR東海のテレビCM「クリスマス・エクスプレス」。
当時まだ17歳の新人女優であった牧瀬里穂が演じた、あの60秒。
放送から36年という長い年月が経過した今もなお、「日本CM史上の最高傑作」との呼び声が高いこの作品。なぜたった一本のCMがこれほどまでに我々の心を掴んで離さないのだろうか。
その裏には、緻密に計算された企業戦略と、「携帯電話がなかった時代」だからこそ成立した奇跡の演出、そして1987年から静かに紡がれてきた「恋人たちの冬の物語」があった。
第一章:国鉄からJRへ──「商品を売るな、物語を売れ」という、革命
このCMが生まれた1989年という時代。それは日本の鉄道史における大きな転換点だった。

- 「お役所仕事」からの脱却という至上命題
- 1987年の国鉄民営化からわずか2年。発足したばかりのJR東海は、旧態依然とした「親方日の丸」というネガティブな企業イメージからの脱却に必死だった。
- そこで打ち出されたのが、鉄道のスペック(速さや正確さ)をアピールするのではなく「鉄道というインフラがもたらす情緒的な価値(再会や感動)」を売るという、コペルニクス的な発想の転換だった。
- 「ナラティブ広告」の先駆け
- CMの中に新幹線の車両が映るのは、冒頭とラストのほんの数秒だけ。料金もダイヤも座席の快適さも一切アピールしない。
- 「商品を売らずに物語を売る」。今でこそ「ナラティブ(物語)広告」として定着しているこの手法。それをバブル期のイケイケな時代にあえて「引き算」の美学で実行したJR東海の英断は、当時の広告業界に大きな衝撃を与えた。
第二章:携帯電話のない時代の、「すれ違い」という究極のドラマ
このCMのドラマ性を極限まで高めている最大の功労者。それは皮肉にも「携帯電話の不在」である。

- 会えるか会えないか
- 牧瀬里穂が演じる少女は、遠距離恋愛の彼氏が乗る新幹線の到着時間を、おそらくは事前の公衆電話での約束だけで把握している。「〇時頃に着く」というアバウトな情報を頼りに彼女は駅へと急ぐ。
- 舞台は改装前の「名古屋駅」
- ロケ地となったのは改装前の名古屋駅。彼女は桜通口から中央コンコースを新幹線の改札口へと猛ダッシュする。
- しかし当時の名古屋駅の新幹線改札には北口と南口があった。もし彼が違う出口から出てしまったら、二度と連絡を取り合う術はない。
- 柱の陰の祈り
- 彼女が改札の柱の陰で息を整え、そっと様子をうかがうあの名シーン。そこには「会えるかどうか分からない」という、現代の我々が失ってしまった極限の、切ない緊張感が凝縮されているのだ。
- だからこそ人混みの中に彼(演:長澤ユキオ)の姿を見つけた瞬間の、あの安堵の笑顔と柱に隠れて待ち伏せする茶目っ気が、視聴者の胸を締め付けるほどのカタルシスを生むのである。

「そっか…!携帯がないからあんなに必死で走ってたんだブーね!もし会えなかったらどうしよう…っていうドキドキが、見てるこっちにも伝わってくるんだブー!だからあんなに感動するんだブーか!」
なぜ、あの60秒はかくもドラマチックだったのか
- 連絡手段がない: 「〇時頃に着く」という事前の曖昧な約束だけが頼り。
- すれ違いの恐怖: 改装前の名古屋駅には新幹線の改札が複数存在。もし違う出口から出てしまったら二人は会えない。
- 柱の陰の祈り: 「会えるか、会えないか」。その極限の切ない緊張感が再会のカタルシスを最大化させた。
第三章:制作秘話──“偶然”と“計算”が生んだ奇跡の演出
この60秒の完璧な物語には、いくつかの語り継がれるべき制作秘話が存在する。

- 「あの柱」は存在しなかった
- ラストシーンで彼女が身を隠す、あの象徴的な太い柱。実は当時の名古屋駅の実際のロケ地には、カメラアングル的に都合の良い位置に柱が存在しなかった。
- そのため撮影チームは美術スタッフの手によって発泡スチロール製の偽物の柱をその場に設置した。あの名シーンは計算され尽くしたフィクションの産物だったのである。
- 「寸止め」という美学
- CMは彼女が彼氏に駆け寄り、その弾みで帽子が宙に舞うまさにその直前で終わる。二人が抱き合うシーンも言葉を交わすシーンもない。
- 当時のCMプランナー早川和良氏によれば、これは撮影の直前に他社が「再会して抱き合うCM」を放送したため、急遽コンテを変更し「会う直前で切る(寸止め)」という演出に切り替えたのだという。
- 結果として視聴者はその後の幸福な再会の瞬間を自らの脳内で補完することになり、映像の余韻は何倍にも増幅されたのだ。
第四章:エクスプレス・シリーズの系譜──1987年から始まっていた“魔法”
実はあの牧瀬里穂の「1989年版」は、突如として生まれた一本の傑作ではなかった。そこには前年から続くドラマチックな進化の歴史があった。

| 放送年 | CMタイトル | 主演 | 楽曲 | コピー |
|---|---|---|---|---|
| 1988年 | ホームタウン・エクスプレス X’mas編 | 深津絵里(当時15歳) | 山下達郎『クリスマス・イブ』 | 帰ってくるあなたが、最高のプレゼント |
| 1989年 | クリスマス・エクスプレス | 牧瀬里穂(当時17歳) | 山下達郎『クリスマス・イブ』 | ジングルベルを鳴らすのは帰ってくるあなたです |
- 全ての原点:1988年、深津絵里版
- 「クリスマス」と「エクスプレス」の組み合わせ、そして山下達郎の『クリスマス・イブ』が初めて起用されたのが、この前年の深津絵里版である。
- ホームで彼を待つ深津。「来ないのかな…」と涙目になっていると、新幹線から降りてきた彼が柱の陰からムーンウォークでおどけて登場する。
- この「帰ってくるあなたが、最高のプレゼント」というコピーと共に、シリーズの基本的な世界観はここで確立された。
- このとき当時15歳だった、というのがまた驚きだ。
- そして1989年、牧瀬里穂版で社会現象へ
- そして翌年、この成功の方程式を受け継ぎ、さらにドラマ性と疾走感を極限まで高めた牧瀬里穂版によって、このシリーズは単なるCMの枠を超え一つの社会現象となったのである。
- (※ちなみにその前年の1987年には、松任谷由実の楽曲を起用した「シンデレラ・エクスプレス」という遠距離恋愛の“別れ”を描いた傑作CMも存在し、これがシリーズ全体の精神的な原点となっている。)

「うわーっ!深津絵里さんのバージョンがあったんだブーか!しかも15歳!?牧瀬さんも17歳だし、みんな若くてキラキラしてるんだブー!この時からもう伝説は始まってたんだブーね!」
終章:時代が変わっても、決して変わらないもの
この「クリスマス・エクスプレス」シリーズ以降、日本のクリスマスの風景は一変した。「家族で静かに過ごす日」から「恋人たちが新幹線に乗ってでも会いに行く特別な日」へと、その意味を大きく変えたのだ。
便利になりすぎた現代。
スマートフォンで互いの位置情報をリアルタイムで共有し、駅の改札ですれ違い待ちぼうけを食らうこともなくなった。
しかし我々は時に、あの不便だった時代の焦燥感と、そしてその先にあった爆発的な喜びを懐かしく思う。
名古屋駅のコンコースをひた走る牧瀬里穂の姿。
それは我々がいつしかどこかに置いてきてしまった「会うことへの必死さ」そのものだったのかもしれない。



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