2026年春、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の放映権を巡るニュースが野球ファンを二分した。
一つは動画配信の巨人Netflixによる「独占ライブ配信」の発表。長年国民的行事として地上波テレビで共有されてきたあの熱狂が、サブスクリプションサービスの高い壁の向こう側へと移行するという事実は、多くのファンに衝撃と戸惑いを与えた。
だがここで見落とされがちな、もう一つの重要なニュースがある。
映像メディアが激震に見舞われるその一方で、ラジオ界の雄ニッポン放送は静かに、しかし力強く宣言した。「侍ジャパンの全試合を、地上波ラジオで完全実況生中継する」と。
映像全盛のこの時代に、なぜあえて「音声のみ」のメディアが選ばれるのか。それは単なる「テレビが見られない人のための代替品」という消極的な理由ではない。
本稿は、通信技術上の「遅延」という物理的な問題と、人間の知覚メカニズムである「脳内補完」という心理的な観点から、ラジオ中継がいかにして最新のネット配信を凌駕(りょうが)するほどのリアリティを生み出すのか。その極めて合理的なメカニズムを解き明かすレポートである。
第一章:物理的な“壁”──なぜネット配信はラジオより「遅い」のか
ラジオ観戦の最大の優位性を語る上で避けて通れないのが、「伝達速度」という科学的な真実だ。なぜSNSでの「ホームラン!」という文字速報を見た数秒後、あるいは数分後に、自分の配信画面でようやくバッターが構えるという「未来を知りながら過去を見る」という奇妙な現象が起きるのか。

- ネット配信の避けられない宿命「バッファリング」
- Netflixのようなインターネットを通じたライブストリーミングは、膨大な映像データを細かく分割し、世界中のサーバーを経由して各家庭の端末へと届ける。
- その際、通信環境の揺らぎによる再生の中断を防ぐため、端末側で一時的にデータを溜め込む「バッファ(緩衝)」という処理が不可欠となる。
- このバッファの時間に加え、映像の圧縮や変換(エンコード)といった処理も挟まるため、スタジアムで実際にプレーが行われている瞬間から我々の画面にそれが映し出されるまでには、数十秒から長い時には1分以上の遅延(タイムラグ)が物理的に避けられない構造となっているのだ。
- ラジオの圧倒的な物理特性:光速のリアルタイム性
- 一方ラジオ(特に地上波AM/FM放送)の仕組みは極めてシンプルだ。現地の音声を電気信号に変え、それを電波に乗せて光の速さで各家庭の受信機へと直接届ける。
- その遅延はごくわずか。つまり物理学的に見ればラジオこそが現地スタジアムの時間を最も正確にそしてリアルタイムに共有できるメディアであり、「誰よりも早く結果を知りたい」というスポーツ観戦の根源的な欲求に対して、最も合理的な回答と言えるのである。

「ええーっ!?そうだったんだブー!?Netflixよりラジオの方がぜんぜん“速い”んだブーか!スマホで結果を先に知っちゃってがっかりする、あの現象はラジオを聴いてれば起きないんだブーね!すごい発見だブー!」
「速さ」の科学的真実
- ネット配信: 映像データの圧縮や通信を安定させるための「バッファリング」により、数十秒〜1分以上の遅延(タイムラグ)が物理的に避けられない。
- 地上波ラジオ: 現地の音声を電波に乗せ光の速さで直接届けるため、遅延はごくわずか。最もリアルタイムに近いメディアである。
第二章:脳内スクリーンへの強制投影──「聴覚VR」とも言うべき、想像力の科学
映像がないことは情報の「欠落」を意味しない。むしろラジオの実況アナウンサーが行っているのは、聴取者の脳というスクリーンに強制的に映像を出力させる、高度な技術介入である。

- 解像度を極限まで高める「描写の技術」
- 「打った!」「大きい!」といった単なる感嘆詞だけでは、我々の脳内に映像は結ばれない。ニッポン放送を筆頭とするプロのスポーツアナウンサーは、その一瞬の出来事を膨大な言語データへと瞬時に変換する訓練を積んでいる。
- 「カキーンという乾いた打球音」「打球の方向はライトへ」「ぐんぐん伸びるその角度」「ライトの田中が背走、フェンス際で見上げた!」――この一連の言葉のシークエンスが、聴く人の脳内で瞬時に映像へと再構築される。
- 「クロスモーダル知覚」が生む究極の没入感
- 心理学的に見ればこれは視覚情報が遮断されている分、脳が聴覚情報から必死に視覚イメージを補完しようとする「クロスモーダル知覚(感覚間相互作用)」を最大限に利用した体験である。
- 与えられた映像をただ受動的に眺めるのとは異なり、自らの想像力で能動的に補完した映像は、より主観的で鮮烈な記憶として脳に刻み込まれる。ラジオ中継が「テレビよりもドキドキする」と感じられるのは、この脳内での映像生成プロセスに聴取者自身が主体的に「参加」しているからなのである。
第三章:情報の深度を知る──「解説」という、もう一つの付加価値
視覚情報を処理する必要がない分、ラジオ中継は「言語情報の密度」においてテレビやネット配信を圧倒する傾向にある。

- 「無音」を許さない情報のシャワー
- テレビ解説では画面に映っているプレーの邪魔にならないよう、言葉数を減らすことが求められる場合がある。
- しかしラジオでは「無音」こそが放送事故である。そのためプレーの合間合間に「今の一球の配球の意図」「相手ベンチの動き」「過去の対戦データ」といった、プレーの背景にある付帯情報が絶え間なくシャワーのように供給される。
- “なぜ”に答える取材力
- 70年以上の歴史を持つニッポン放送のようなラジオ局には、長年培ってきた独自の取材ルートと解説者のネットワーク(ショウアップナイターの資産)がある。
- 映像で見れば一目瞭然の「何が起きたか(What)」よりも「なぜそのプレーが起きたのか(Why)」という、試合の深層心理や戦術論にリソースを割くことができる。結果として、より「野球の解像度」が高い観戦体験が可能となるのだ。

「なるほどだブー!ラジオはずっとしゃべり続けてくれるから、テレビを見てるだけじゃ気づかないような細かい作戦とかデータまで教えてくれるんだブーね!野球博士になれちゃうかもしれないんだブー!」
第四章:侍ジャパン、激闘のラジオ中継スケジュール
最後にニッポン放送での中継が予定される日本代表(プールC)の試合日程を記す。手元のスマートフォンではなく、ラジオの周波数(AM1242 / FM93.0)を合わせるための栞(しおり)として活用されたい。

| ラウンド | 日時(日本時間) | 対戦相手 | 会場 |
|---|---|---|---|
| 第1ラウンド | 3月6日(金) 19:00~ | vs チャイニーズ・タイペイ | 東京ドーム |
| 3月7日(土) 19:00~ | vs 韓国 | 東京ドーム | |
| 3月8日(日) 19:00~ | vs オーストラリア | 東京ドーム | |
| 3月10日(火) 19:00~ | vs チェコ | 東京ドーム | |
| 決勝ラウンド | 3月15日(日) 10:00~ | 準々決勝(予定) | ローンデポ・パーク(米国) |
| 3月16日(月) or 17日(火) 9:00~ | 準決勝(予定) | ローンデ-ポ・パーク(米国) | |
| 3月18日(水) 9:00~ | 決勝(予定) | ローンデポ・パーク(米国) |
朝の通勤・通学時間帯と重なるアメリカラウンドこそ、持ち運べるメディアである「ラジオ」の真骨頂が発揮される瞬間となるだろう。
終章:デバイスとしての「ラジオ」の再発見
結論としてWBCにおけるラジオ観戦は、「映像が見られないから仕方なく選ぶ妥協案」では断じてない。
それは、
- ネット配信特有の「遅延」という物理的なストレスを完全に回避し、
- 人間の想像力を最大限に利用した「脳内補完」によって究極の没入感を高める
という極めて理にかなった、そして批評的な観戦スタイルなのである。
最新のサブスクリプションサービスが提示する高画質な「映像」に対し、枯れた技術と思われがちな「電波」が提示する「速さ」と「想像力」。
この春あえてスマートフォンの画面を消し、ラジオのチューナーに耳を澄ませる行為は、情報過多な現代における最も贅沢でそして知的なスポーツの楽しみ方と言えるのではないだろうか。



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