第76回NHK紅白歌合戦。初出場として大きな注目を集めていたK-POPガールズグループ「aespa」のステージ。しかしその華やかなパフォーマンスの中に、メインボーカルの一人であるニンニン(NINGNING)の姿はなかった。
公式に発表された欠席の理由は「インフルエンザによる体調不良」。
しかしそのあまりにもタイミングの良すぎる発表を、額面通りに受け取る業界関係者はほとんどいない。なぜならその背後には、放送当日までNHKをそして事務所を震え上がらせていた「14万筆を超える署名運動」と、一つの「ランプ」を巡る極めて深刻なイデオロギーの対立が存在していたからだ。
本稿は、この一人のアイドルの突然の欠席の裏側にある、複雑な力学を解き明かすレポートである。
第一章:炎上の発火点──2022年に投稿された「キノコ雲ランプ」
この巨大な騒動の核心にあるのは、3年前にニンニンが自身のSNSに投稿した一枚の写真と、そこに写り込んでいた一つのインテリア照明である。

- 物証としての「キノコ雲ランプ」
- 問題となったのは2022年にメンバーのニンニンが、自身のSNS(InstagramおよびファンコミュニティBubble)に投稿した画像だ。
- その画像には原子爆弾の爆発時に発生する「キノコ雲(Mushroom Cloud)」を模したデザインのランプがはっきりと写り込んでいた。
- このランプ自体は海外のアート通販サイトなどで販売されている既製品であったが、被爆国である日本の一部ネットユーザーからは「原爆投下を揶揄(やゆ)している」「死者を冒涜(ぼうとく)している」といった厳しい批判が当時から存在していた。
- なぜ「今」燃え上がったのか? 紅白出場という“再点火”
- aespaの紅白出場が決定したことを機に、この過去の画像がX(旧Twitter)などで再び拡散された。
- 特に今年の紅白が「戦後80年」という大きな節目であり、かつ司会者の一人が被爆地・広島出身の綾瀬はるかであるという文脈において、この「キノコ雲」という視覚的な記号はあまりにも相性が悪すぎた。
- その結果、オンライン署名サイト「Change.org」などでは「aespaの紅白歌合戦出場に反対します」といった署名活動が立ち上がり、放送直前の時点までにNHKが到底無視できない規模である約14万筆もの賛同を集める事態へと発展していたのだ。

「うわー…。3年前の写真が紅白出場で掘り起こされちゃったんだブーか…。しかも『戦後80年』で司会が綾瀬はるかさん…。タイミングが悪すぎたんだブーね…。これは燃えちゃうのも無理ないんだブー…。」
第二章:NHKの誤算と、「インフルエンザ」という完璧な“出口戦略”
NHKにとっての最大の誤算は、この炎上が単なる一部のアンチ活動を超え、「公共放送としての歴史認識」そのものを問う社会的な問題へと発展してしまったことだ。

- 「強行突破」から「急転直下」へ
- 当初NHKは定例会見などで「本人に政治的な意図はなかったものと認識している」として、出場を強行する姿勢を崩さなかった。
- しかし署名が10万筆を超え、一部ではNHKへの抗議デモさえ示唆される事態となったことでフェーズは大きく変わった。
- そして本番のわずか2日前、12月29日。所属事務所を通じて発表されたのが「ニンニンのインフルエンザ感染による出場辞退」だったのである。
- 「インフルエンザ」という玉虫色の政治的解決
- この診断が事実であるか否かを外部から検証する術はない。しかし危機管理広報の視点から見れば、これほどまでに完璧な「出口戦略(Exit Strategy)」は存在しない。
- NHKは:「我々は出場させた」というメンツを保つことができる(残りの3人は出演したため)。
- 反対派は:「問題の張本人であるニンニンが画面から消えた」ことで矛を収める大義名分が立つ。
- 事務所は:「病気」という誰にも責めることのできない不可抗力によって、アーティストをさらなる批判から守ることができる。
- 全てのリスクと責任を「ウイルス」という目に見えない第三者のせいにすることで、誰も傷つかず(そして誰も謝罪しない)、このあまりにもデリケートな問題が“政治的に解決”されたのだ。
- この診断が事実であるか否かを外部から検証する術はない。しかし危機管理広報の視点から見れば、これほどまでに完璧な「出口戦略(Exit Strategy)」は存在しない。
「インフルエンザ」という究極の“政治的解決”
- NHKのメンツ: 「我々は出場させた」という建前を保つことができる(残りの3人は出演したため)。
- 反対派の大義名分: 「問題の張本人であるニンニンが画面から消えた」ことで矛を収めることができる。
- 事務所の防衛策: 「病気」という誰にも責めることのできない不可抗力によって、アーティストをさらなる批判から守ることができる。
第三章:広島の沈黙──司会者たちに課せられた“見えない境界線”
本番の放送においてもう一つ注目されたのが、司会者たちの極めて異例な立ち振る舞いであった。
aespaのパフォーマンスが終了した直後、その感想や労いの言葉をかけたのは進行役の鈴木奈穂子アナウンサー、ただ一人。「ありがとうございました」という定型的な一言のみであった。

紅組司会の綾瀬はるかと白組司会の有吉弘行(同じく広島出身)は、彼女たちと一切言葉を交わさなかった。曲紹介も歌唱後のトークも一切ない。
このあまりにも不自然な「完全スルー」は、この経緯を知れば合点がいく。
平和教育をそのバックボーンに持つ綾瀬はるかと、地元への愛が強い有吉弘行。彼らが「キノコ雲ランプ」の問題がくすぶるグループと同じ画面に収まり、笑顔で言葉を交わすという映像が残ってしまえば、それは将来にわたって彼らのキャリアに傷をつけかねない「デジタルタトゥー」となり得る。
あの異様なまでの沈黙は、NHKが自局の看板司会者たち(特に広島と深い繋がりのある二人)を守るためにギリギリの判断で敷いた物理的かつ政治的な防疫線だったのである。

「そっか…。綾瀬さんも有吉さんも広島出身だから、この問題には特に敏感だったんだブーね…。ここで下手にコメントしたら自分たちが批判されちゃうかもしれない…。だからあえて『何もしゃべらない』っていう選択をしたんだブーか…。テレビの世界って本当に怖いんだブー…。」
終章:エンターテインメントは、「歴史」から逃げ切れたのか
ニンニンを欠いた3人によるaespaのステージは、プロフェッショナルとして完璧なものだった。
しかしその一糸乱れぬパフォーマンスの輝きの裏には、「14万筆の署名」と「一つのランプ」、そして「インフルエンザという名の高度なリスク回避」があったことを我々は忘れてはならない。
戦後80年目の紅白歌合戦。
そこで露呈したのは、グローバル化するK-POPカルチャーの時に無邪気なデザイン感覚と、日本のローカルなそして決して癒えることのない歴史的記憶(トラウマ)の間に横たわる、あまりにも深くそして決して埋めることのできない「断絶」そのものであった。



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