なぜ「決闘罪」で逮捕?──137年前の“明治の法律”が歌舞伎町·トー横のタイマンを裁いた意味

社会
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「決闘罪ニ関スル件」。
まるで時代劇の一場面のような古風な響きを持つこの法律。1889年(明治22年)、近代国家としての体裁を整えつつあった日本が、「私的な果たし合い」を禁じるために作ったこの法律が、137年の時を超え現代の東京のど真ん中で適用された。

2025年9月、新宿・歌舞伎町の通称「トー横」で起きた傷害致死事件。警視庁は逮捕した26歳の男に対し、通常の傷害致死罪に加え、この極めて異例な「決闘罪」の容疑を適用したのだ。

なぜ単なる「喧嘩」ではなく「決闘」と判断されたのか。そしてなぜ1世紀以上もほとんど使われることのなかったこの古い法律が、今このタイミングで抜かれたのか。

本稿は、この異例の事件の全貌と、その背景にある「決闘罪」という法律の知られざる歴史と、現代における恐るべき“切れ味”を解き明かすレポートである。


第一章:歌舞伎町「トー横」で何が起きたのか

事件は日本の首都の歓楽街の深部で、深夜から早朝にかけての数時間の間に展開した。

  • 事件のタイムライン
    • 2025年9月23日未明: 浅利風月(ふづき)容疑者(26)と松田直也さん(当時30歳)が、歌舞伎町の「トー横広場」で初めて出会う。
    • 交流: 当初二人は将棋を指すなどして和やかに交流していた。しかしその後口論へと発展。
    • 午前4時頃: 双方が「タイマン(1対1の喧嘩)」を行うことに合意する。
    • 決闘実行: 広場で約10分間の決闘が行われるが、実態は浅利容疑者による一方的な暴行であったとされる。
    • 事件後: 松田さんは決闘直後は意識があったものの、3日後に容体が急変し病院へ緊急搬送。
    • 10月12日: 松田さんは脳へのダメージに伴う多臓器不全により死亡した。
  • なぜ「決闘罪」が適用されたのか
    • 警視庁が単なる傷害致死事件ではなく、あえて「決闘罪」を適用した最大の理由は、両者の間に「タイマンを行う」という明確な「合意」があったと認定したからだ。
    • この「合意」の存在こそが、突発的な喧嘩と意図的な「決闘」とを分かつ決定的な境界線なのである。
ブクブー
ブクブー

「ええーっ!?ただのケンカじゃなくて、『よし、やろうぜ!』っていうお互いの『合意』があったから『決闘』になったんだブーか!そのたった一言が運命を分けたんだブーね…。恐ろしいんだブー…。」


第二章:「決闘罪」とは何か?──明治22年に作られた“文明化”のための法律

「決闘罪ニ関スル件」は全6条からなる、短いしかし極めて強力な特別刑法である。

  • 法律の概要
    • 決闘を挑むこと、そしてそれに応じること、その両方を罰する。(第1条)
    • 実際に決闘を行うことはさらに重く罰せられる。(第2条)
    • 決闘によって相手を死傷させた場合は、通常の殺人罪や傷害罪よりも重い刑が科される。(第3条)
    • 決闘の立会人場所を提供した者も罰せられる。(第4条)
  • 制定の歴史的背景
    • この法律が制定された明治22年(1889年)は、大日本帝国憲法が発布された年であり、日本が近代国家としての体裁を整えつつあった時期だ。
    • 当時の日本には武士階級の「仇討ち」の精神が色濃く残っており、さらに西洋から「決闘(デュエル)」の文化が誤って輸入され、私的な暴力による紛争解決が横行することを政府は強く危惧していた。
    • 決闘罪は「復讐の連鎖を断ち切り、暴力の管理を国家に一本化する」ための、近代国家建設における防波堤としての役割を担っていたのだ。

第三章:決闘罪の恐るべき“切れ味”──「正当防衛」を封殺する

現代において決闘罪の適用は極めて稀である。暴走族の抗争など特殊なケースに限られてきた。
しかし検察がこの古い法律をあえて持ち出す時、それは被疑者にとって極めて強力な“武器”となる。

その最大の「切れ味」は「正当防衛」の主張を完全に封じ込めることができる点にある。

正当防衛は「急迫不正の侵害」に対し「やむを得ず」行った反撃でなければ成立しない。
しかし決闘罪の根幹である「合意」が認定された場合、その闘いは「やむを得ない」ものではなく自ら積極的に望んだものであるということになる。

そのため「相手も殴ってきたからやり返しただけだ」という、よくある喧嘩の言い訳が法廷では一切通用しなくなるのだ。

ブクブー
ブクブー

「なるほどだブー!『やろうぜ!』『おう!』って言っちゃった時点で、もう『正当防衛』は使えなくなるんだブーか!『決闘罪』ってものすごく切れ味の鋭い刀だったんだブーね…!」


終章:明治の法律が令和の「トー横」を裁く意味

結論として今回の歌舞伎町「トー横」事件への決闘罪適用は、単なる珍しい法律の適用事例ではない。
それは、

  • 「合意の上のタイマンなら許される」という無法地帯の論理を、国家は断じて認めないという強い意思表示。
  • そして137年前の古い法律が、現代の最も混沌とした若者文化の闇を裁くための、最も有効な武器となり得るという法治国家のしたたかさ。

その二つを我々に示す象徴的な出来事であった。

明治の文明化のために作られた法律が、令和のアノミー化(無規範状態)した空間を規律する。
時代の皮肉とそして法の普遍性。
その両方を我々はこの一つの事件の中に見ることができるのである。

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