2026年1月12日夜、群馬県前橋市長選挙の投開票が行われ、日本中の注目が集まる中一つの「答え」が出た。
市職員との「ラブホテル密会」という首長として致命的なスキャンダルによって辞職し、出直し選挙に臨んだ無所属前職の小川晶氏(43)が、他の新人候補4人を抑え再選を確実にしたのである。
「前橋の誇りが失われた」と道徳的責任を追及した自民党推薦の新人候補に対し、小川氏は「給食費無償化などの実績」を一点張りで訴え続けた。
なぜ市民はスキャンダルに塗れた前市長を再び選んだのか。
本稿は、この異例の選挙結果の背景にある有権者の複雑な心理と、現代の地方政治が直面する構造的な変化を多角的な視点から解き明かすレポートである。
第一章:全ての序章──2024年、保守王国に起きた“地殻変動”
今回の選挙結果を理解するためには時計の針を2年前に戻す必要がある。2024年2月、前橋市政は歴史的な転換点を迎えていた。4期16年続いた保守市政が終わり、初の女性市長として小川晶氏が誕生したあの選挙だ。

「保守王国」群馬の県都でありながら前橋市ではかねてより保守勢力の分裂が常態化していた。2024年の選挙でも現職市長と自民党県議が争う構図となり、その漁夫の利を得る形で野党が支援する小川氏が勝利を収めた。
そして、この勝利の直後から彼女は、今回の再選劇の最大の伏線となる一手を打つことになる。
就任後、彼女は公約であった「学校給食費の完全無償化」を即座に実現。物価高騰に苦しむ子育て世帯にとってこの「年間数万円の負担減」という直接的なメリットは絶大な支持を集めた。
この「実績の貯金」こそが、後のスキャンダルという致命傷から彼女を救う唯一にして最大の命綱となるのである。
第二章:スキャンダルの全貌と、「謝罪」という選挙戦略
順風満帆に見えた小川市政。しかし2025年9月、週刊誌報道が全てを一変させる。

- 「ラブホテル密会」報道
- 小川氏が既婚の男性市幹部職員と複数回にわたりラブホテルで面会していたことが報じられた。
- 緊急会見で小川氏はホテルへの入室は認めたものの「男女の関係はない」「公務の相談をしていた」と主張。しかしこの弁明は世論の厳しい批判を浴びた。
- 辞職、そして「禊(みそぎ)」としての出直し選挙
- 議会からの不信任決議案が提出される見通しとなる中、小川氏は自ら職を辞し、出直し選挙で市民に信を問う道を選んだ。
- この「一度辞職した」という事実が有権者に対して「十分に社会的制裁は受けた」という印象を与え、後の選挙戦における「禊は済んだ」という空気感の醸成に繋がった。
- 「謝罪」と「実績」のセット販売
- 選挙戦が始まると小川陣営は徹底した戦略を展開した。街頭演説ではまず深々と頭を下げてスキャンダルを陳謝する。その直後に「しかし私が始めた給食費無償化を、ここで止めるわけにはいかない」と1年9ヶ月の実績の継続を訴える。
- この「謝罪と政策」をワンセットで見せる手法が、有権者の同情と生活防衛の本能を同時に刺激したのだ。

「なるほどだブー!まず『ごめんなさい!』って謝って、そのすぐ後に『でも給食費タダにしたの私ですよ!』って言うんだブーか!これはずるいんだブー!『まあ、許してやるか…』ってなっちゃう気持ちも分かるんだブー…。」
小川陣営の巧みな“禊(みそぎ)”の三段活用
- 辞職: 議会からの不信任を待たず自ら職を辞することで「社会的制裁は受けた」という印象を有権者に与えた。
- 謝罪: 選挙戦ではまず深々と頭を下げてスキャンダルを陳謝する。
- 実績の訴え: その直後に「しかし私が始めた給食費無償化をここで止めるわけにはいかない」と実績の継続を訴える。
第三章:なぜ小川晶は勝てたのか?
スキャンダルという絶対的な逆風の中で、なぜ彼女は勝利することができたのか。その勝因は複合的である。

- 勝因①:「給食費無償化」という絶対的な“実利”
- これが最大の勝因であることは間違いない。有権者は「清廉潔白だが何をしてくれるか分からない新人」よりも「品行に問題はあるが確実に家計を助けてくれる現職」を選んだのだ。
- 勝因②:「公私峻別」を許容し始めた有権者の変化
- 「実績は評価している」「仕事さえしてくれればプライベートは関係ない」という声が少なからず存在したことも見逃せない。これは日本の有権者が欧米型(特にフランス的)な「公私の切り分け」の価値観を持ち始めている可能性を示唆する。
- 勝因③:高い投票率と無党派層の支持
- 今回の投票率は47.32%と、小川氏が初当選した2024年の前回選挙を7.93ポイントも上回った。これはスキャンダルへの関心の高さを示すと同時に、小川氏が「給食費無償化の継続」という争点を明確にしたことで、普段は投票に行かない無党派層や子育て世代を投票所へと向かわせた結果と言える。
- 出口調査でも小川氏は無党派層から圧倒的な支持を集めたほか、対立候補を支援した自民党の支持層からも一定の支持を得ていたことが分かっている。
終章:地方政治の新たな“地殻変動”
当選確実の一報を受け支援者の前に姿を現した小川氏は、万歳は行わず静かにこう語った。
「私の責任で皆さんに迷惑をかけて厳しい出直し選挙となったが、もう一度信じてみようと選んでいただき改めて責任の重さを感じている。厳しい声も踏まえ、これからの私の行動で信頼を積み重ねていきたい」
結論として2026年の前橋市長選挙は、単なる一地方の出直し選挙ではなかった。
それは現代の有権者が政治家に求めるものが「清廉潔白な人格者」から「生活に直結する具体的なサービスを提供してくれる実務家」へと、静かにしかし確実に変化していることを証明した象徴的な出来事であった。
小川晶市長はスキャンダルという「負の遺産」を背負いつつも、民意という最強の「免罪符」を得て再び市政の舵を取る。
彼女の二期目(実質的には一期目の残り任期である2028年2月まで)は道徳的な権威を失ったリーダーが、純粋に政策実行力のみで統治を行うという極めて現代的かつ困難な実験の場となるだろう。
前橋市民は彼女の「ラブホテル」での行いではなく、市役所での「働き」に賭けたのである。その賭けが吉と出るか凶と出るか。日本中の地方自治体がその行方を固唾をのんで見守っている。



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