桜の季節、新一年生が背負うピカピカのランドセル。日本独自の通学文化として定着し、近年では海外のファッショニスタからも注目を集めるこのアイテムですが、その起源が「皇室」にあることは意外と知られていません。
実は、日本で初めてランドセルを背負って通学したのは、後の大正天皇(当時の嘉仁親王)でした。
本稿は、明治時代の「とある贈り物」から始まったランドセルの歴史と、オランダ語由来の語源、そして現代に至るまでの軽量化の進化について解説するレポートです。
第一章:明治20年、伊藤博文からの贈り物
ランドセルの歴史が動いたのは、1887年(明治20年)のことです。

- 皇太子の学習院入学
- 当時の皇太子(後の大正天皇)が、皇族や華族の教育機関である「学習院」に入学されることになりました。
- 伊藤博文の祝品
- この入学を祝い、当時の内閣総理大臣・伊藤博文が献上したのが、箱型の通学カバンでした。
- これが現在のランドセルの原型(プロトタイプ)とされています。当時はまだ「ランドセル」という名称が定着していたわけではありませんが、形状はこの時点で確立されていました。
なぜ伊藤博文はカバンを贈ったのでしょうか。
当時の学習院は、「学校では皆平等」「自分の荷物は自分で持つ」という教育方針を掲げていました。それまでお付きの者が荷物を持っていた身分の子供たちに対し、両手が空き、自分で荷物を運べる背嚢(はいのう)スタイルが推奨されていた背景があります。

「ええーっ!伊藤博文がプレゼントしたのが最初だったんだブー!?初代内閣総理大臣がランドセルの生みの親みたいなもんだったなんてビックリだブー!」
第二章:語源はオランダ語の「ランセル」
「ランドセル」という響きは、日本語のようには聞こえません。そのルーツは幕末の軍事用語にありました。

- オランダ語の「Ransel」
- 江戸時代末期、幕府は西洋式軍隊制度を導入しました。その際、オランダ兵が背負っていた布製の背嚢(リュックサック)を、オランダ語で「Ransel(ランセル)」と呼んでいました。
- この「ランセル」が日本でなまり、「ランドセル」へと変化したのです。
- つまり、ランドセルのルーツは「軍用品」であり、それが学習院での採用を経て、子供用の通学カバンへと転用された歴史を持っています。

「もともとは軍隊のリュックだったんだブー!だからあんなに丈夫で頑丈に作られてるんだブーね。納得だブー!」
第三章:庶民への普及と「重さ」の変遷
皇室から始まったランドセルですが、すぐに一般庶民に広まったわけではありません。

- 昭和30年代の全国普及
- 戦前までは、ランドセルは一部の富裕層のシンボルであり、多くの子供たちは風呂敷や布袋で通学していました。
- 今日のように全国の小学生が背負うようになったのは、高度経済成長期に差し掛かる昭和30年代(1955年以降)に入ってからです。経済的な余裕が生まれ、丈夫で長持ちするランドセルが一般家庭にも浸透しました。
- 「1600g」から「1000g以下」へ
- 普及当時のランドセルは、現在よりも二回りほど小型でしたが、その重量は約1600グラムもありました。これは現在の大型ノートPCを持ち歩くようなもので、当時の低学年の児童にはかなりの負担でした。
- その後、素材と技術の進化により劇的な軽量化が進みます。
- 牛革製: 1200グラム前後
- 人工皮革(クラリーノ等): 1000グラムを切る軽量モデルも登場
- 現在はA4フラットファイルが入る大型サイズが主流ですが、それでも昭和時代よりはるかに軽く、身体への負担を減らす工夫(背中のクッションや肩ベルトの形状など)が凝らされています。
終章:伝統と機能の融合
結論として、ランドセルは「オランダ軍の背嚢」をルーツに持ち、「伊藤博文から大正天皇への贈り物」として日本独自の進化を遂げたカバンでした。
軍事用品としての堅牢さと、皇室由来の気品。
この二つの要素が融合し、さらに現代の技術で「軽さ」と「大きさ」を最適化したものが、今のランドセルです。
春の通学路で見かけるあの四角いカバンには、明治から続く日本の教育と産業の歴史が詰め込まれているのです。



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