田原俊彦、TBSラジオ『日曜サンデー』で不適切発言──“昭和”のノリはもう通用しない

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2025年6月15日──TBSラジオの生番組『爆笑問題の日曜サンデー』での田原俊彦の“時代錯誤の振る舞い”が、瞬く間に炎上した。

「真ん中の脚も上がっちゃってさ」「今もギンギンです」──
いずれも生放送中に飛び出したこの“下ネタ”に対し、番組内で同席していたTBS・山本恵里伽アナウンサーは、すぐさま「やめてください」「うるさいです」と制止。だが、問題はそれで終わらなかった。

放送後、SNS上には「昭和のノリがキツい」「ハラスメントでは?」といった怒りの声が噴出。
そしてついに、数日後にはTBSラジオが公式の声明文を発表する事態にまで発展した──。

なぜ、この一件がここまで波紋を広げたのか?
そこには、令和のメディア環境・ジェンダー意識・タレントとの距離感といった多重構造が見え隠れしていた。


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【第1章】「昨日の脚、すごかったですね」──静かな質問から始まった違和感

6月15日(日)の午後、TBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』は、いつも通り和やかな空気で進行していた。
人気ゲストコーナー「ここは赤坂応接間」に登場したのは、昭和〜平成にかけて一世を風靡したトップアイドル・田原俊彦(64)。この番組には13年連続の登場という常連でもあり、爆笑問題との掛け合いも“馴染み”の空気を醸し出していた。

しかし、その空気は一変する。

前日の6月14日、田原はJ1リーグ・横浜FC vs 川崎フロンターレ戦のハーフタイムショーに登場し、雨の中で新曲を披露するパフォーマンスを見せていた。そのパフォーマンスはスポーツ紙にも大きく取り上げられ、
「キレのあるダンスで脚が高く上がっていた」と話題になっていた。


番組中、共演の山本恵里伽アナは、その記事を受けてこう問いかける。

「昨日、こんなに脚、上げたんですか?」

驚き交じりの率直な感想──だがこの問いに対して、田原は真顔でこう返す。

「真ん中の脚はもっと上がるんだけどね。」

一瞬、スタジオ内が静まりかえる。

明らかに、性器を連想させる“下ネタ”である。さらに田原は、自らの発言に満足するかのように「ハハハハハ!」と高笑い。山本アナは一拍置きながらも、トーンを崩さず進行を続けたが、その“空気の揺れ”は、リスナーにも確実に伝わっていた。

SNS上にはすぐさまリアルタイムでリスナーの反応が投稿され、

「今の、完全にアウトじゃない?」
「真ん中の脚って……生放送でこれ言う!?」

といった驚きと批判の声が相次いでいた。

この時点では、まだ“始まり”に過ぎなかった。


【第2章】びんびんからの“ギンギン”──昭和アイドル的ノリの限界

冒頭の“真ん中の脚”発言で軽くスタジオをざわつかせた直後、問題の“流れ”は続いた。

山本恵里伽アナが田原俊彦の経歴を紹介する中で、彼の代表作である『教師びんびん物語』(1988年〜)の話題に差し掛かる。

「テレビドラマ『教師びんびん物語』──」

紹介しようとした瞬間、田原が被せ気味に割り込んでこう叫んだ。

「ギンギンです!」

もちろん、かつてのドラマ人気を“笑い”として転化しようとしたノリではある。だが、それが昭和バラエティ的な“色気”の名残だったとしても、令和の電波では完全に不適切と受け止められる時代だ。

しかもこの発言も性器を連想させるワードとして、「真ん中の脚」に続く形で二重に刺さってくる。リスナーの中には、田原の発言を“ギャグ”として処理できず、不快感を覚えた者も少なくなかった。

X(旧Twitter)にはこんな反応も──

「“ギンギン”って…?ただのセクハラじゃん」
「昔のノリを今やるのはもう無理だよ。空気読んで…」

さらにこの直後、手への接触行為という“実害”まで発生する。

山本アナがプロフィールを読み上げる最中、突然──

「触らないでください、やめてくださいホントに。」

彼女の口から、はっきりと拒絶の言葉が発せられた。
何が起きたのか──リスナーが困惑する中、田原は彼女の手に触れていたのである。

山本アナは毅然とした態度で「これダメですよ。本当に読まないですからね」と制止しながらも、あくまで冷静に進行を続けた。

だが空気は、もう完全に“ズレたまま”だった。

そして極めつけは、靴の一件である。

田原がふとテーブル下を覗き込み、山本アナの白い靴に気づくと、なぜかその場で彼女の靴を踏んだのだ。

「だって白い靴が可愛いんだもん。汚したくなっちゃう!」

と悪びれる様子もなく言い放ち、再び“高笑い”を響かせた。

「ハハハハ!」

このときすでにスタジオの空気は、緊張と居たたまれなさに包まれていた──


【第3章】TBSラジオの“公式声明”と、制御できなかった「生放送の暴走」

2025年6月15日(日)放送のTBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』。
田原俊彦氏による一連のセクハラ的言動身体接触は、翌日以降ネット上で大きな波紋を呼んだ。

事態を受け、TBSラジオは6月20日(金)付で公式声明を発表。
そこには、視聴者の不信を意識した、やや硬めの言い回しでこう綴られていた。

「ゲストの男性の一連の言動は、放送局として不適切なものであったと判断しております」

TBSラジオによれば、

  • 田原氏には出演前に“行き過ぎた発言をしないよう”注意喚起を行っていた
  • しかし本番ではその制止が届かず、パーソナリティである爆笑問題も都度制御を試みていた
  • 番組内での指による接触行為(山本恵里伽アナの手を触る)も「事実」と認めた上で
  • 「再発防止に努める」「ゲスト側マネジメントへ抗議と謝罪要請を行った」と声明に明記

この“公式化”によって、事実関係の大枠はTBSラジオ側からも裏付けられたかたちとなる。


● それでも「止められなかった」理由

ここで浮かぶのは、なぜ注意したにもかかわらず、あの放送が流れてしまったのか?という疑問。

おそらく現場では──

  • ベテランゲストを強く制止しにくい“空気”があった
  • 番組側の中で「ある程度やんちゃに振る舞ってくれる方が盛り上がる」との緩さもあった
  • 何よりラジオの“生放送”という特性上、カットも編集も効かない“瞬発力の勝負”だった

もちろんこれは田原氏の免責には繋がらない。
だが、「なぜ止められなかったのか?」は、メディア側の構造的な問題として見過ごすことはできない。


● 番組MC・爆笑問題の対応は…

放送当日、パーソナリティの太田光氏や田中裕二氏も“明らかに困惑した表情”で制止を試みていた

  • 田原氏が「真ん中の脚が上がっちゃって」と発言 → 太田氏が苦笑しながら話題を変える
  • 山本アナに触れる場面では → 「田原さん、それはダメです!」と制止が入る
  • 「ギンギンです!」という言葉に → 山本アナが「うるさいです!」とツッコミ

決して黙認していたわけではない──
しかし“笑い”に変えようとする姿勢もまた、「場の空気」を優先してしまった感は否めない。


● 現場の空気感と放送後の温度差

ラジオ局内部では「これはまずい」という声もすぐに上がっていたという。
しかしそれと同時に、放送当日にはTBS側からの即時対応や謝罪はなかった
SNSで炎上が拡大し始めた5日後、ようやく公式声明が出された構図だ。


POINT
  • 生放送前に“注意喚起”はされていた
  • 制止を試みる場面もあったが、完全には抑えられなかった
  • 正式に「不適切」と認める声明は6月20日付で発表
  • ラジオという特性、ゲストの格、笑いへの転化が“暴走”を許した構図

【第4章】“時代のズレ”が招いた拒否反応──「昭和のノリ」が通用しない理由

田原俊彦氏の発言・振る舞いをめぐって──
ネットを中心に巻き起こった批判の多くは、「セクハラだ」「不快だ」という現代的な倫理観の表出である。

だが一方で、田原氏自身は“冗談のつもり”だったと考えられる節もある。
実際、本人はこれまでもたびたび「昔ながらの芸風」を封印せず、
トーク番組やバラエティで“サービス精神”を発揮してきた。

つまり、この騒動の根っこにあるのは──
「ギャグとしての意図」と「ハラスメントとしての受け止め方」の大きな乖離だ。


● “ギンギン”と“真ん中の脚”──どこからがアウトなのか?

爆笑問題の番組中、田原氏はこう語っていた。

  • 「真ん中の脚が上がっちゃって」
  • 「ギンギンです!(教師びんびん物語と絡めたジョーク)」
  • 手を触る/白い靴をわざと踏むような仕草

昭和の芸能界では、これらは“愛嬌”として許容された時代もあった。
だが、2020年代の放送においては完全に“アウトライン”である。

視聴者が求めているのは、
ジェンダー感覚や職場内の対等性を踏まえた、現代的な配慮だ。


● 令和の今、なぜ田原氏の行動を「受け入れられなくなった」のか?

田原氏はバラエティ慣れしたタレントであり、
“ある程度やりすぎても笑いになる”という自己認識があった可能性がある。
だがその「自意識」が、いまや世代間の“ノリ”の違いに直結してしまった

かつての常識は、いまやリスク。

  • “お約束”だったセクシャルなボケは、侮辱や不快と捉えられる
  • “アイドル時代の武勇伝”も、過去の栄光としてではなく“時代錯誤”として批判される

芸歴と“時代の変化”が釣り合わなくなった時、痛みが露呈する──
それは過去の“栄光”を持つ人間ほど、如実に表面化するのだ。

いまの時代、昭和のノリはあまりに“私的”すぎるのだ。


POINT
  • 田原氏の“ギャグ”は、昭和的感覚に根差したものだった
  • 視聴者の反応は、現代的なジェンダー感覚や倫理観に基づいた拒否反応
  • 時代の変化に応じた芸風の更新が、求められている

【第5章】タレントではなく“現場”を守る時代へ──中居氏報道が浮き彫りにした業界の変化

2024年末に報じられた中居正広氏に関する一連の報道は、
単に“スターのスキャンダル”として消費されるだけではなかった。

むしろ──
それが引き金となって表面化したのは、
番組制作現場における「見えない圧力」や「長年の慣習」といった、
より構造的で根深い問題だった。

● 各局が“現場の風通し”をチェックし始めた

この報道以降、テレビ各局は内部調査やヒアリングを強化しはじめた。
ある局では、収録現場の担当ディレクターやADに対し、
「もし問題があった場合、誰にも知られず報告できるフォームを作るべきだ」
という声が、経営層から上がったという。

かつては「芸能人がいちばん偉い」という構図が、
ある種の“常識”として黙認されていた。

しかしいまは──
“番組そのものの健全性”を守ることが最優先されるべき
という空気が確かに強まっている。

それはすなわち、タレントを守るのではなく、
現場で働く一人ひとりの尊厳を守る時代へと変わりつつあるということだ。


POINT
  • 中居氏報道は“構造的問題”の引き金にすぎなかった
  • 業界全体で「現場に寄り添う」改革が動き出している
  • 風通しの良さ・透明性の担保が、番組の質を左右する時代に
ブクブー
ブクブー

「“みんなの声”が、ようやく陽の目を見はじめたんだブー…!」


【第6章】TBSラジオの「20日の声明」は“大きな一歩”なのか

これまでの放送業界には、暗黙の了解のように“タレントへの忖度”が存在していた。
とくに長年にわたって功績を残してきた大御所クラスの芸能人に対しては、
現場も上層部も強くは出られず、問題行動を“スルー”してきたケースも少なくない。

だが今回、TBSラジオは6月20日付で公式に声明を発表
番組内で起きた不適切な発言や接触について、事実関係を認めたうえで謝罪し、対応の遅れについても言及した。

これは、中居氏をめぐる一連の事案以降、変わりつつある“業界の空気”と軌を一にするものだ。


● 「タレントよりも番組」「忖度よりも説明」へと舵を切る

  • これまで黙殺されがちだった“現場の違和感”を、放送局自身が公の言葉で共有するようになった
  • 慎重に避けられてきた“責任と再発防止”の明言を、文書にまで落とし込んだ

──こうした変化の兆しが、TBSラジオの20日の声明には確かに表れている。

今回の文面は、単なる「一件落着」のパフォーマンスではない。
「今後、どうするか」「どうすべきだったか」までを、放送局自身が踏み込んで語った。
それは、タレントの“ブランド”や“立場”を守るのではなく、
番組と放送局の信頼性そのものを守る──その覚悟の表明である。

そして視聴者もまた、そうした誠実さに敏感だ。
“あえて言葉にした”ことそのものが、逆に信頼回復の一歩となっている。


【第7章】“自浄するメディア”という可能性──放送局がタレントの“盾”ではなくなるとき

今回のTBSラジオの声明は、単なる謝罪や釈明の域を超えた“自己改革の兆し”として注目されている。 これまでのメディアは、しばしば「タレントの行動に対する批判の盾」となり、
問題の本質を曖昧にしたまま事態を収束させようとしてきた。

だが今回、TBSラジオは局としての責任を明言し、改善策まで言及した。
これは、まさにメディア自身が「何を伝えるか」だけでなく、「どう在るか」を問うようになったサインだ。


●「一連の言動は不適切なものであった」と言葉にした意味

注目すべきは、声明文の中で、
「ゲストの男性が行き過ぎた発言を行ったり、女性アナウンサーの手を指で触れたりする場面がありました。これら一連の言動は不適切なものであった〜」
と、きわめて明瞭な形で認定した点だ。

これは、加害性や意図の有無とは関係なく、「被害感情」を受け止める姿勢を示すものだった。
過去の放送業界では、こうした“認定”すら忌避されがちだった。

  • 「起きたこと」よりも「受け取った印象」
  • 「悪意の有無」よりも「結果として誰が傷ついたか」

この視点こそが、現代に求められるメディア倫理の出発点だと言える。


●番組づくりにおける「人権」感覚のアップデート

背景には、視聴者やリスナーの感覚の変化がある。
「昔は当たり前だったこと」が、今は通用しない。
冗談や愛嬌に見えたものが、パワハラ・セクハラとして捉えられることもある。

TBSラジオは今回の対応で、そうした社会的変化に正面から向き合う姿勢を見せた。
「ラジオだから」「生放送だったから」という言い訳に逃げなかった。

そしてこの動きは、他局にも波及する可能性がある。
メディアの“自浄力”という、新しい希望が見え始めているのだ。

ブクブー
ブクブー

「「タレントだからOK」「昔からだからセーフ」なんて言い訳は、
もう通じない時代に突入してるんだブー…!
メディアも視聴者も“共感の感度”が高まってる今、
しっかり向き合うことが、ほんとうの信頼につながるブー!」


【まとめ】“空気”を壊す勇気が、信頼を取り戻す

これまでの放送業界は、空気を読むことを良しとする文化だった。
ときには見て見ぬふりをし、ときには笑ってごまかした。

だが、それはもはや視聴者の信頼をつなぎとめる“空気”ではなく、
問題を覆い隠す“濁流”になっていたのかもしれない。

今回、TBSラジオはその空気を破って、自ら言葉を紡いだ。

  • 「一連の言動は不適切なものであった」と明言し、
  • 「今後の対応」にまで踏み込む姿勢を見せた。

それは、タレント個人ではなく、放送局という“公共装置”としての矜持だった。


● いま、視聴者に問われていること

そしてもう一つ。
この出来事は、“私たちの側”にも問いかけてくる。

本当に見たいのは、“ギンギンなトーク”か?
それとも、“信頼できるメディア”か?

  • 笑いに寛容な空気も必要だ
  • 表現の自由を委縮させすぎてもいけない
  • だが、誰かの尊厳を傷つける笑いは、もう笑えない

──その感覚を、番組をつくる側と、受け取る側とで共有できるか
それこそが、これからの“放送”の姿勢を形作っていくはずだ。

ブクブー
ブクブー

「信頼って、ちょっとした言葉や態度で壊れちゃうけど、
丁寧に向き合えば、ちゃんと取り戻せるんだブー。
だからこれからは、「ギンギン」より「真剣」だブー!」

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