ゾウは、その巨大な体を維持するために一日の大半を食事に費やす、完全な草食動物である。しかし野生のゾウの生態を追うと、時に我々の常識から少し外れた不思議な行動を目にすることがある。
それは彼らが地面の“土”を熱心に食べるという光景だ。
なぜ草や木の葉を主食とする彼らが、栄養があるとは思えない土をわざわざ口にするのだろうか。
その答えは、彼らの特殊な消化器官の秘密と、その中に棲む小さな“同居人”たちの意外な好物に隠されていた。
本稿は、この「ゾウは塩が大好き」という一見意外な事実の裏側にある科学的なメカニズムと、その塩分を求めて壮大な旅をすることさえある彼らの驚くべき生態を解き明かすレポートである。
第一章:消化しにくい“草”という食事──ウシとは違う、ゾウの胃袋
ゾウがなぜ塩分を必要とするのか。その物語の始まりは、彼らの主食である「草」がいかに消化しにくい食べ物であるかという点にある。

- 草食動物の共通の課題
- 草の主成分であるセルロースは非常に硬い繊維であり、多くの動物は自らの消化酵素だけではそれを分解し、栄養として吸収することができない。
- ウシとゾウの異なる戦略
- 同じ草食動物でも、ウシは4つに分かれた胃(反芻胃)を持つことでこの課題を克服している。一度飲み込んだ草を口に戻して何度も噛み直し(反芻)、複数の胃で時間をかけて発酵させることで効率よく栄養を吸収するのだ。
- しかしゾウの胃は人間と同じく一つしかない。 では彼らはどうやって硬い草から栄養を得ているのだろうか。その答えは、胃のさらに奥にある巨大な器官にあった。
第二章:腸内の“同居人”──ゾウの体を支える、微生物の力
ゾウの巨大な体を実質的に支えているのは、彼らの腸内に棲む無数の小さな“同居人”たちである。

- 畳2枚分の巨大な盲腸
- ゾウの消化器官で最も重要な役割を果たしているのが「盲腸」だ。その大きさは広げると畳2枚分にもなると言われるほど巨大である。
- ゾウは、この巨大な盲腸を巨大な“発酵タンク”として利用する「後腸発酵動物」に分類される。
- 微生物の重要な働き
- この盲腸の中には無数の微生物(腸内細菌)が生息している。彼らこそがゾウ自身では分解できない草の繊維(セルロース)を発酵・分解し、ゾウが吸収できる栄養素へと変えてくれる真の“功労者”なのだ。
- 微生物の“大好物”
- そして、このゾウの生命線を支える重要な微生物たちには一つの大きな特徴があった。それは彼らが活動するために「塩(ナトリウム)」を必要とするということだ。
- つまり腸内の微生物が塩を欲するから、その“宿主”であるゾウ自身もまた、塩分を本能的に求めるようになるのである。

「ええーっ!?ゾウさんが塩を好きなのは、お腹の中にいる、小さな微生物くんたちが、『塩が欲しいよー!』って、お願いしてるからだったんだブー!?自分のためじゃなくて、お腹の“同居人”のためだったなんて…!なんて、優しい世界なんだブー!」
ゾウが“塩好き”な、本当の理由
- ゾウは、巨大な盲腸に棲む微生物の力で、草を消化している。
- その、生命線を支える微生物が、活動するために「塩(ナトリウム)」を必要とする。
- つまり、腸内の微生物が塩を欲するから、その“宿主”であるゾウ自身もまた、塩分を本能的に求めるのである。
第三章:塩を求める、壮大な旅──“塩なめ場”を目指す、野生の知恵
では、野生のゾウはどのようにしてこの不可欠な塩分を補給しているのだろうか。

- 「塩なめ場(ソルトリック)」という目的地
- 野生のゾウは塩分が欲しくなると、特定の“土”を食べることがある。これは土壌に含まれるナトリウムなどのミネラル分を摂取するためである。
- このような動物たちがミネラルを補給するために集まる場所を「塩なめ場(ソルトリック)」と呼ぶ。
- ゾウの群れを率いる年長のリーダー(メスであることが多い)は、この「塩なめ場」の場所を記憶しており、群れ全体をそこへと導いていくと言われている。
- 洞窟を削り食うゾウたち
- アフリカ・ケニアのエルゴン山国立公園にある「キトゥム洞窟」は、ゾウが塩分を求めて洞窟の壁を牙で削り取って食べることで世界的に有名である。何世代にもわたるゾウの採掘によって、洞窟は奥深くへと拡張されてきた。
- 動物園での塩分補給
- 動物園では、このような野生での行動を参考に飼育下のゾウの健康管理を行っている。
- 一日に約80kgものエサを食べるゾウに対し、食事に一日あたり50gから100gほどの塩を混ぜて与えたり、いつでも自由に舐められるように固形の塩(鉱塩)を設置したりするといった方法で塩分を補給している。
終章:その渇望は、生命維持の、証
結論として、ゾウが塩を、そして時には土さえも好んで口にするのは、単なる味の好みではなかった。
それは自らの巨大な体を支える、腸内の小さなパートナー(微生物)たちの生命活動を維持するために不可欠な、極めて合理的な生命維持行動だったのである。
一見奇妙に見えるその行動の一つ一つには、厳しい自然界を生き抜くための、何百万年という進化の歴史の中で培われてきた深い知恵が隠されている。
草食の巨人が静かに土を食む姿。
その光景の中に我々は、自らの生命のあり方そのものを見つめ直す一つのきっかけを見出すことができるのかもしれない。



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