現代のインターネット社会において、誰もが一度は悩まされる存在。それが、頼んでもいないのに大量に送りつけられる迷惑メールや、ブログなどを荒らす迷惑コメント、いわゆる「スパム(SPAM)」である。
今や完全にIT用語として定着しているこの言葉だが、ふとスーパーの缶詰コーナーに目をやると、全く同じつづりを持つ商品が並んでいることに気づくはずだ。青と黄色のパッケージでおなじみの、豚肉の加工品「スパム(SPAM)」缶である。
無機質なサイバー空間の迷惑行為と、現実世界の肉の缶詰。
全く無関係に思えるこの二つは、なぜ同じ名前で呼ばれているのか。
本稿は、一見不可解なこのネットスラングの起源と、イギリスの伝説的なコメディ番組がIT史に刻んだ奇妙な足跡を解き明かすレポートである。
第一章:「スパム」の本来の姿──アメリカ生まれの保存食
まず、語源の大元である食品の「スパム」について確認しておこう。

- スパイシーハムの略称
- スパム(SPAM)は、アメリカの食品メーカーが製造・販売しているランチョンミート(豚肉の加工品)の登録商標である。「スパイシーハム(Spicy Ham / Spiced Ham)」の略称に由来すると広く言われている。
- 保存性が高く、調理も手軽であることから、第二次世界大戦中の軍用食として世界中に広まり、現在でも沖縄などを中心に日本の食卓に深く根付いている。
しかし、この便利で美味しい食品が、なぜ「迷惑」の代名詞になってしまったのだろうか。

「スパムおにぎりとか美味しいのに、なんで迷惑メールと同じ名前になっちゃったんだブー!?風評被害もいいとこだブー!」
第二章:元凶は『モンティ・パイソン』──会話をかき消す大合唱
食品のスパムがネガティブな意味を持つようになった決定的な理由は、1970年代に放送されたイギリスの伝説的コメディ番組『Monty Python’s Flying Circus(空飛ぶモンティ・パイソン)』の中で披露された、ある有名なコント(スケッチ)にある。

- メニューが「スパム」だらけの食堂
- コントの舞台は大衆食堂。夫婦が料理を注文しようとメニューを尋ねると、店員が読み上げるメニューのほとんどすべてに「スパム」が含まれている(「卵とスパム」「スパムとスパムとスパムと…」など)。
- 強制的な連呼と妨害
- さらに、店内にいるバイキングの集団が突然「スパム、スパム、スパム……」と大声で歌い出し、夫婦が注文しようとする会話を完全に妨害してしまう。
- 頼んでもいないのに執拗にスパムを押し付けられ、連呼する歌声によってコミュニケーションが成り立たなくなるという、極めてシュールで不条理な笑いであった。

「スパムスパムうるさいブー(笑)。注文すらまともにできないなんて、確かに迷惑極まりないお店だブー!」
第三章:コメディからIT用語への転生
このテレビ番組のコントが、インターネットの黎明期に見事な形で「翻訳」されることになる。

- ネットの掲示板を荒らす行為
- 1980年代から90年代のパソコン通信(BBSやUsenet)の時代、悪意を持ったユーザーが、無意味なメッセージを大量に連投し、他のユーザーのまともな議論やコミュニケーションを妨害する行為が頻発した。
- 「あのコントと同じだ」という共通認識
- この「頼んでもいない無意味な文字の羅列が画面を埋め尽くし、正常な会話を邪魔する」という状況を見た初期のネットユーザーたちは、「まるでモンティ・パイソンのスパムのコントのようだ」と連想した。
- そこから、大量の迷惑な書き込みやメッセージを送りつける行為そのものを「スパミング(Spamming)」、送られてくるものを「スパム(Spam)」と呼ぶ文化が生まれ、現代のメール社会へと受け継がれていったのである。
終章:日常に潜むブラックジョーク
結論として、迷惑メールが「スパム」と呼ばれるのは、ハッカーの専門用語でもコンピューターのバグの名前でもない。
それは、「押し付けがましい連呼で会話を邪魔する」という、イギリスのコメディアンたちが生み出したブラックジョークのメタファー(比喩)であった。
食品メーカーにとっては、自社の主力商品名が世界中で「迷惑行為」の代名詞として使われるのは、いささか不本意な歴史のイタズラかもしれない。
しかし裏を返せば、それだけ「スパム」という商品が当時の人々の生活に深く、そして過剰なほどに浸透していた証拠とも言える。
私たちが毎日、顔をしかめながら「迷惑メールフォルダ」の中身を一括削除する時。
そのスマートフォンの画面の奥では、半世紀前のバイキングたちが今も「スパム、スパム……」と大合唱を続けているのである。


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