4月に入り、日本各地で桜が見頃を迎えている。
お花見の席に欠かせない和菓子といえば、串に刺さったピンク・白・緑の「三色団子(花見団子)」である。茶色や白が基調となることが多い和菓子の中で、これほどまでにポップで愛らしい配色のものは珍しい。
私たちは当たり前のようにこの三色を受け入れているが、なぜこの組み合わせになったのか。そして、なぜ別の色ではなく「ピンク・白・緑」でなければならなかったのか。
そのルーツを紐解くと、戦国武将の意外な「プロデュース能力」と、日本人が古くから愛してきた高度な「言葉遊び」の世界が見えてくる。
本稿は、春の象徴である三色団子に込められた、色彩の意味と歴史的背景を解き明かすレポートである。
第一章:発祥は1598年──秀吉が仕掛けた「女性向けスイーツ」
三色団子の歴史は古く、今から400年以上前の安土桃山時代にまで遡る。

- 「醍醐の花見」での特注品
- 1598年(慶長3年)、豊臣秀吉は京都の醍醐寺で、歴史に名高い「醍醐の花見」を開催した。
- この大宴会には、正室の北政所(ねね)や淀殿をはじめ、多くの女性たちが招かれていた。
- 大の団子好きであった秀吉は、「せっかく女性たちが多く集まるのだから、いつもの地味な白い団子や醤油団子ではなく、見た目にも華やかで可愛らしい団子でもてなしたい」と考えた。
- この秀吉の「おもてなしの心(あるいはプロデューサー的視点)」から特注で作らせたのが、現在の三色団子の原型であると言われている。

「ええーっ!あの可愛い三色団子を作ったのが、天下人の秀吉だったんだブー!?戦国武将なのに、女子受けを狙うスイーツプロデューサーの才能があったなんて驚きだブー!」
第二章:色の意味①──「秋がない」ことに込められた商人の願い
秀吉の発案以降、この三色は江戸時代を通じて庶民の間にも定着していく。そこには、色を季節に見立てた粋な解釈が存在していた。

- 季節を表す三色
- ピンク: 桜が咲き誇る「春」
- 緑: 木々の葉が生い茂る「夏」
- 白: 雪が降り積もる「冬」
- 消えた「秋」のカラクリ
- ここで一つの疑問が浮かぶ。日本には四季があるのに、なぜ「秋」を象徴する色(黄色や茶色など)が入っていないのか。
- 実はこれこそが、江戸の商人たちが好んだ「言葉遊び(ダジャレ)」である。
- 秋がない=「飽きがこない(いくら食べても飽きない)」。
- さらに、秋ない=「商い(あきない)」にかけ、「商売繁盛」を願うダブルミーニングとなっているのだ。
- 欠落させることで意味を持たせるという、極めて高度で日本的なユーモアが一本の串に刺さっているのである。

「『秋がない=飽きない=商い』だなんて、ダジャレのレベルが高すぎるブー!江戸の商人さんたちのセンスに脱帽だブー!」
第三章:色の意味②──すべてが「春」を表現している説
季節の巡りではなく、三色すべてを使って「春という季節そのもの」を表現しているという、もう一つの美しい解釈もある。

- 春の情景を凝縮
- ピンク: 春の象徴である「桜」
- 白: ひな祭りなどの祝席で飲まれる「白酒」、または冬の終わりに残る「名残雪」
- 緑: 雪の下から芽吹く「よもぎ(新緑)」
この解釈によれば、三色団子は「冬の雪(白)の下から、新芽(緑)が息吹き、やがて桜(ピンク)が咲き乱れる」という、春の訪れのプロセスを一本の串の上で視覚化した芸術作品ということになる。
終章:視覚と知性で味わう和菓子
結論として、三色団子のピンク・白・緑という配色は、単なる食紅のバリエーションではなかった。
それは、天下人・豊臣秀吉が女性を喜ばせるために考案した「映えるスイーツ」の元祖であり、後世の商人たちが「飽きがこない」「商い」という願いを込めた縁起物であった。
たった三つの丸い餅の連続の中に、これほどまでに豊かな物語と言葉遊びが込められているのは、和菓子という文化の奥深さそのものである。
満開の桜の下で三色団子を口にする時、その甘さとともに、400年前の人々が仕掛けた粋な「ダジャレ」と「春への喜び」を味わってみてはいかがだろうか。

「三色団子って、ただ可愛いだけじゃなかったんだブー!」



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