時代劇や古い小説などで、川や海に浮かぶ水死体を「土左衛門(どざえもん)」と呼ぶ場面を見聞きしたことがあるだろう。
現代の日常会話で使われることは少なくなったが、日本人であれば「水死体=土左衛門」というニュアンスは知識として共有されている。
しかし、冷静に考えてみてほしい。「土左衛門」とは、どう見ても人間の名前(人名)である。
なぜ、溺死した痛ましい遺体の状態を、特定の人名で呼ぶようになったのか。
実はそこには、江戸時代に実在した一人のアスリートの容姿と、当時の江戸っ子たちが放った「残酷すぎるブラックジョーク」が深く関わっている。
本稿は、特定の固有名詞がいかにして一般名詞(隠語)へと変質し、一人の人物の名誉を歴史の闇に葬り去ったのかを解き明かすレポートである。
第一章:悲劇の始まりは「実在の力士」
「土左衛門」とは架空の人物ではない。江戸時代中期の享保年間に、実際に土俵に上がっていた相撲取り(力士)の四股名(しこな)である。

- 色白で太った「成瀬川土左衛門」
- 彼の名は「成瀬川 土左衛門(なるせがわ どざえもん)」。
- 当時の記録によれば、彼は非常に色白であり、丸々と太ったいわゆる「アンコ型」の立派な体格をした力士であったという。
- 水死体の物理的変化との「不幸な一致」
- 一方、人間が水死すると、時間とともに体内に腐敗ガスが溜まり、水を吸って皮膚が白くブヨブヨに膨らんで水面へ浮上してくる。
- このパンパンに膨れ上がり白化した遺体の状態が、「色白で恰幅の良い成瀬川土左衛門の姿にそっくりだ」という、極めて不謹慎な共通点を見出されてしまったのだ。

「ええっ!『あの死体、太ったお相撲さんみたいだね』って、江戸っ子の例えツッコミがそのまま名前になっちゃったんだブー!?ひどすぎるブー!」
第二章:江戸っ子の「流行語」が定着した背景
誰かがふと言い放った「まるで土左衛門のようだな」という例え話は、瞬く間に江戸の街で「流行語」として広まった。なぜ、これほど不謹慎な隠語が社会に定着してしまったのか。

- 水運社会の日常的な光景
- 江戸の街は水路が張り巡らされた「水の都」であり、人々の生活は川や海と密接に結びついていた。そのため、現代とは比較にならないほど水難事故が多く、水死体が水面に上がることは日常茶飯事であった。
- 死を直視しないための「ブラックジョーク」
- 凄惨な水死体を直接的な言葉で呼ぶことを避け、あえて人気力士の名前に例えることで、江戸っ子特有のユーモア(毒のある洒落)でオブラートに包もうとした心理が働いたと考えられる。

「日常的に死体を見るからこそ、明るい言葉(ギャグ)に変換してメンタルを保とうとしたんだブーね。江戸っ子の強さだブー。」
第三章:永遠に封印された「四股名」
言葉が一般化する一方で、名前に使われた本人には取り返しのつかない悲劇がもたらされた。

- 本人は溺死していない
- 当然ながら、成瀬川土左衛門本人は水死したわけではない。彼は普通の生涯を終えたにもかかわらず、自分の名前が「水死体の代名詞」として歴史に刻まれてしまったのである。
- 「土左衛門」の消滅
- 相撲界では、優れた力士の四股名は弟子たちによって代々「襲名」されていく文化がある。しかし、この言葉のイメージがあまりにも強烈で不吉なものとして世間に定着してしまったため、成瀬川以降、「土左衛門」という四股名を名乗る力士は二度と現れなかった。
終章:言葉の残酷なまでの生命力
結論として、「土左衛門」という言葉のルーツは、「実在する力士の体型と水死体の変化を結びつけた、江戸時代の強烈なブラックジョーク」であった。
現代のコンプライアンスや人権感覚に照らし合わせれば、特定の実在する人物の名前を死体の代名詞にするなど、到底許されることではない(間違いなく深刻な風評被害・名誉毀損である)。
しかし、この言葉が数百年の時を超えて現代の辞書にまで残っている事実は、良くも悪くも、大衆が生み出した「比喩(メタファー)」が持つ凄まじい伝播力と生命力を証明している。
「土左衛門」。
この言葉を聞いた時は、水死体の不気味さよりも、理不尽に名前を奪われ、歴史から抹消されてしまった一人の色白な力士の無念に、少しだけ思いを馳せてみてはいかがだろうか。


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