道端に落ちていたお金や、人から預かったものをこっそり自分の懐に入れてしまう行為。
日常会話において、私たちはこの浅ましい行いを「ネコババ(猫ばば)」と呼ぶ。
「猫を被る」「猫の手も借りたい」など、猫にまつわる慣用句は数多く存在するが、なぜ「他人の物を横領する」という立派な犯罪行為にまで、愛らしい猫の名前が冠されているのか。
本稿は、この奇妙な言葉のルーツであるとされる二つの有力な説──「動物の習性(猫糞)」と「江戸の人物(猫婆)」──を紐解き、言葉が定着した背景を解き明かすレポートである。
第一章:有力説①──動物の習性「猫糞(ねこふん)」説
現在、国語辞典などで最も一般的かつ有力とされている語源が、猫の排泄時の習性に由来する説である。

- 砂をかける習性
- 猫を飼ったことがある人ならご存知の通り、猫は排泄(糞)をした後、後ろ足で器用に砂や土をかけ、自分の匂いを隠そうとする本能的な習性がある。
- この行為自体は、野生において天敵から身を守るための防衛本能である。
- 「隠蔽工作」のメタファーへ
- しかし、江戸時代の人々はこの「臭いもの(糞)に砂をかけて、何事もなかったかのように振る舞う」猫の姿を、人間の悪事に重ね合わせた。
- つまり、「自分がやった悪いこと(拾った物を隠す、悪事を働く)を隠蔽し、知らん顔をする人間」の浅ましさを、猫が糞を隠す様子に例え、「猫糞(ねこふん)」と呼ぶようになったのである。
- やがてこの「ねこふん」が、発音しやすく「ねこばば(糞の幼児語)」へと変化し、現在使われる「ネコババ」として定着したとされる。

「ええーっ!ネコババの『ババ』って、おばあちゃんじゃなくてウンチのことだったんだブー!?ウンチを隠す仕草が悪事に例えられたなんて、猫ちゃんもいい迷惑だブー!」
第二章:異説②──江戸のトラブルメーカー「猫婆(ねこばば)」説
一方で、動物の習性ではなく、実在(あるいは落語などの創作)の特定の人物をモデルにしたとされる説も存在する。

- 猫好きの強欲な老婆
- 江戸時代に、大の猫好きで知られる一人の老婆がいたという。
- この老婆は、近所の人から物を借りても一向に返さず、さらには「これをお届けしてくれ」と頼まれた預かり物まで、相手に渡さずに自分のものにしてしまう(横領する)という、とんでもない常習犯であった。
- キャラクターの代名詞化
- 周囲の人々は、この強欲で猫好きな老婆を揶揄して「猫婆(ねこばば)」と呼んだ。
- そこから転じて、「人の物を盗む(返さない)行為」そのものを指す言葉として、彼女のあだ名が一般名詞化し、現代に伝わったという説である。

「こっちは正真正銘の『おばあちゃん(婆)』だったんだブーね!猫好きってだけで悪党の代名詞に名前を使われるなんて、やっぱり猫ちゃんが不憫だブー…。」
第三章:どちらが真実なのか?──言葉遊びと教訓
言語学や民俗学の観点からは、第一の「猫糞」説がより論理的で有力とされている。
しかし、江戸の庶民文化において、「猫糞」という直接的で汚い言葉を避けるために、あえて「猫婆」という架空のキャラクター(あるいは実在の人物)の物語を創作し、言葉遊びとして広めた可能性も十分に考えられる。
終章:猫にとっては「とんだ濡れ衣」
結論として、「ネコババ」という言葉は、猫の習性(糞を隠す)や、猫好きの老婆(猫婆)といった、江戸時代の人々の優れた観察眼とユーモアから生まれた造語であった。
どちらの説にせよ、当の猫からすれば、単に本能に従ってトイレの砂をかけているだけ、あるいは飼い主の老婆が勝手に悪事を働いていただけである。
「人間の犯罪行為(横領)」の代名詞にされてしまったことは、猫にとってはとんだ濡れ衣であり、人間側の身勝手な責任転嫁と言えるかもしれない。
もし道端で小銭を拾って「ネコババしようか」と心が揺らいだ時は、懸命に砂をかける猫の姿を思い出し、速やかに交番へ届けるのが、人間としての正しい(猫に笑われない)振る舞いである。


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