マントを広げて夜空を舞い、美しい女性の首筋に鋭い牙を突き立てて血をすする──。
「吸血鬼ドラキュラ」と聞いて、私たちが真っ先に思い浮かべるのは、コウモリに変身する恐ろしい怪物の姿だ。
このフィクションの影響により、「コウモリ=生き血を吸う恐ろしい動物」というイメージが定着している。
しかし、現実の世界において、コウモリは本当に人間の血を吸うのだろうか。
結論から言えば、「血を吸うコウモリは実在するが、ドラキュラのイメージとは全く異なる」。
本稿は、世界でわずか3種類しか存在しない「吸血コウモリ」の真の生態と、彼らがもたらす「吸血」よりも恐ろしい「感染症」のリスクについて解き明かすレポートである。
第一章:1,400種の中でたった「3種類」の異端児
世界には約1,400種類以上ものコウモリが生息している。しかし、その大半は果物や花の蜜、あるいは蚊や蛾などの昆虫を食べて生きている平和な動物である。日本の夕暮れ時に飛んでいるアブラコウモリなどは、害虫を食べてくれる「益獣」であり、血を吸うことは絶対にない。

血を栄養源とする、いわゆる「吸血コウモリ(バンパイアバット)」は、世界中でわずか3種類しか存在しない。
- ナミチスイコウモリ
- シロチスイコウモリ
- アシナガチスイコウモリ
彼らはすべて、アメリカ大陸(中南米)にのみ生息している。つまり、日本を含め、ヨーロッパやアジアなど他の地域には吸血コウモリは存在しないのである。

「ええーっ!日本にいるコウモリは血を吸わないんだブー!?夕方に見かけてビビってたけど、ただの虫取り名人だったんだブーね!」
第二章:「吸う」のではなく「舐めとる」
映画のドラキュラは、首筋に2本の牙を深く突き立てて血を「ゴクゴク」と吸い込むが、実際の吸血コウモリの食事風景は全く異なる。

- カミソリのような前歯と「舐める」舌
- 彼らの主なターゲットは、牛や馬、豚などの家畜、あるいは鳥類である。夜間、寝ている獲物に音もなく近づき、カミソリのように鋭い前歯で皮膚を1〜2mmほど非常に浅く切り裂く。そして、そこからジワジワとにじみ出た血液を、長い舌で「ペロペロと舐めとる(すする)」のが実際の食事スタイルなのだ。
- 痛くない理由と「ドラクリン」
- 噛まれた(切られた)動物は、痛みで起きることはほとんどない。なぜなら、吸血コウモリの唾液には、血液が固まるのを防ぐ強力な成分(抗凝固物質)が含まれているからだ。この物質は「ドラクリン」と呼ばれ、血を固まらせないため、コウモリは長時間にわたって血を舐め続けることができる。

「吸血鬼っていうより『舐血(けっけつ)鬼』だったんだブー!地味だけど、痛みを感じさせない麻酔成分(?)を持ってるなんてプロの犯行だブー…。」
第三章:人間は襲われるのか?──恐怖の「狂犬病」
では、吸血コウモリが人間を襲うことはあるのだろうか。

- 稀だが「あり得る」
- 彼らが好んで人間を襲うわけではないが、近くに家畜がいなかったり、人間がジャングルなどで無防備に寝ていたりする場合、稀に人間の血を舐めとるケースが南米などで報告されている。
- 本当の恐怖は「吸血」ではない
- コウモリが1回に舐めとる血の量は大さじ1杯程度(約20ml)であり、人間がそれによって貧血で死ぬようなことはない。
しかし、最も恐ろしいのは「感染症」である。特に中南米の吸血コウモリは、致死率がほぼ100%に達する「狂犬病ウイルス」を保有していることがある。コウモリに噛まれた(皮膚を切られた)傷口から狂犬病ウイルスが体内に侵入し、人間や家畜が死亡する深刻な事例が南米では後を絶たない。
また、コウモリは狂犬病以外にも様々な未知のウイルスの宿主(自然宿主)となっていることが多く、噛まれることは極めて高いリスクを伴うのである。
- コウモリが1回に舐めとる血の量は大さじ1杯程度(約20ml)であり、人間がそれによって貧血で死ぬようなことはない。
終章:ドラキュラの「モデル」の真実
最後に、吸血鬼ドラキュラとコウモリの関係について触れておく。
「吸血コウモリがドラキュラのモデルになった」と思われがちだが、実は歴史的には逆である。
アイルランドの作家ブラム・ストーカーが小説『吸血鬼ドラキュラ』を発表したのは1897年。ドラキュラ伯爵のモデルとなったのは、15世紀のルーマニアに実在した残虐な領主「ヴラド3世(串刺し公)」である。
小説が書かれた当時、大航海時代を経て中南米探検から戻った人々によって「血を吸うコウモリ」の存在がヨーロッパにも伝わっていた。この「不気味な吸血生物(コウモリ)」のイメージが、後から小説や映画の中で吸血鬼伝説と結び付けられ、「ドラキュラ=コウモリ」という強烈なキャラクターが完成したのだ。
もし南米のジャングルでコウモリに出会っても、彼らはマントを羽織った貴族ではない。
しかし、彼らが鋭い刃と致死のウイルスを隠し持った“本物のバンパイア”であることだけは、決して忘れてはならない。


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