スマートフォンでのQRコード決済やクレジットカードのタッチ決済が当たり前となり、私たちの財布から「小銭」が姿を消しつつある現代。中でも、使い道に困りがちな「1円玉」の存在感は、日に日に薄れているように思える。
しかし、2026年7月14日、独立行政法人造幣局がSNSに投稿した1本の動画が話題を呼んだ。そこに映っていたのは、目にもとまらぬスピードで製造される大量の1円玉の姿である。
なんと、市場に出回る流通向けの1円玉が量産されるのは、実に11年ぶりのことなのだという。
キャッシュレス全盛のこの時代に、なぜ国はあえて「1円玉」を大量に作るのか。
本稿は、この不可解な増産劇の裏に隠された、現代の小売システムが生み出した「デジタル化の逆説」を解き明かすレポートである。
第一章:11年の空白と、突如現れた「1億3200万枚」の需要
まず、これまでの1円玉をめぐる状況を整理しておく。

- 製造が止まっていた理由
- 2015年に約8200万枚が製造されて以降、約10年間にわたり、流通用の1円玉は作られていなかった(コレクター向けの貨幣セット用などは除く)。
- 理由は明確で、「キャッシュレス化の進展」である。さらに消費税が10%(軽減税率8%)で定着したことで、かつての3%や5%の時代ほど細かい端数が出にくくなり、世の中の1円玉は「すでに十分に足りている(むしろ余っている)」と判断されていた。
- 急転直下の大増産
- ところが今年度、造幣局は突如として「1億3200万枚」もの1円玉を製造する計画を発表した(すべての硬貨を合わせると約7億枚になる)。
- 世の中の人が1円玉を使わなくなっているにもかかわらず、なぜ国はこれほどの数を新たに市場に投入しなければならないのか。

「ええっ!みんなPayPayとかで払ってるのに、1億枚も作って誰が使うんだブー!?国が盛大に空回りしてるんじゃないかブー?」
第二章:真犯人は「セルフレジ」──機械が小銭を拘束している
この謎を解くカギは、スーパーやコンビニの光景の変化、すなわち「セルフレジの爆発的な普及」にある。

- 機械という名の“巨大な貯金箱”
- 有人レジであれば、店員がレジ内の釣銭を柔軟にやり繰りしたり、客から小銭を出してもらったりして調整することができた。
- しかし無人のセルフレジを稼働させるためには、「各レジ機の中に、釣銭用の1円玉をあらかじめ一定量、常時ストック(装填)しておく」ことが絶対条件となる。
- 「動かないお金」の大量発生
- 全国の店舗でセルフレジの導入台数が激増した結果、無数の機械の内部に1円玉が物理的に“拘束”されることになった。
- つまり、人間の財布の中から1円玉が消えたのではなく、「機械の中にストックされる待機資金」として大量の1円玉が吸い込まれ、社会全体を循環する小銭が枯渇してしまったのである。

「なるほどだブー!機械がちゃんとお釣りを返せるように、セルフレジが1円玉を独り占め(貯金)してたんだブーね!」
第三章:デジタル化が生んだ「アナログの枯渇」という逆説
この事象は、経済のシステムを考える上で非常に興味深いパラドックス(逆説)を示している。

- 人件費を削減し、店舗のデジタル化・効率化を進めるために導入された「最新のセルフレジシステム」。
- しかし、その最先端のシステムを維持し、客に正確なお釣りを返すためには、皮肉なことに「1円玉という最もアナログな物理的硬貨」を大量に製造・配備しなければならなかったのだ。
貨幣はよく「社会の血液」に例えられる。キャッシュレス決済という新たな血管が整備されても、既存のシステム(現金決済のセルフレジ)が血液を局所的に溜め込んでしまえば、国は新たな血液を造血(増産)せざるを得ないのである。
終章:過渡期の象徴としての1円玉
結論として、11年ぶりの1円玉大増産は、「人々が現金主義に戻ったから」ではなく、「店舗の無人化(セルフレジ化)が急激に進んだことによる、インフラ維持のための物理的コスト」であった。
いつの日か、日本が完全なるキャッシュレス社会へと移行すれば、セルフレジの硬貨投入口も塞がれ、1円玉は本当に役目を終える日が来るかもしれない。
しかし現在、私たちはデジタルとアナログが混在する「過渡期」を生きている。新しくピカピカに輝く1億3200万枚の1円玉は、その過渡期における社会システムの歪みと適応を、雄弁に物語っているのである。



コメント