『アリとキリギリス』の主人公は“セミ”だった!?──名作童話にあった“翻訳の壁”と虫の事情

教養
この記事は約4分で読めます。

「夏の間、歌って遊んでいたキリギリスは、冬になって食べ物がなくなり、働き者のアリに助けを求める」

誰もが知るイソップ寓話『アリとキリギリス』。将来に備えてコツコツ働くことの大切さを教えるこの物語は、世界中で親しまれている。
しかし、この物語の「怠け者の主人公」が、実は最初からキリギリスだったわけではないことをご存知だろうか。

結論から言えば、物語の原典とされる古代ギリシャの寓話において、主人公はキリギリスではなく「セミ」であったと考えられている。

なぜセミはキリギリスに姿を変えられたのか。

そこには、物語が国境を越える過程で直面した、極めて現実的な「気候と翻訳の問題」が隠されていた。


第一章:原典は『アリとセミ』

『アリとキリギリス』のルーツは、紀元前6世紀頃の古代ギリシャに生きたとされる奴隷・アイソーポス(イソップ)がまとめたとされる「イソップ寓話」にある。

  • ギリシャ語の「テティックス」
    • 原典のギリシャ語で書かれた寓話に登場する昆虫は「テティックス(Tettix)」という言葉で表されている。これは一般的に「セミ」を指すと解釈されている。
      温暖な地中海気候である古代ギリシャにおいて、セミは夏を象徴する身近な昆虫であり、その鳴き声は文学などでも頻繁に取り上げられていた。
      つまり、イソップ寓話が生まれた当時の物語は『アリとセミ』だったのである。
ブクブー
ブクブー

「ええーっ!最初の怠け者はセミさんだったんだブー!?夏の間ずっと鳴いてるから、確かに『遊んでる』ように見えたのかもしれないブー。」


第二章:アルプスを越えられなかったセミ

では、なぜ「セミ」が「キリギリス」に変わってしまったのか。それは、この物語がヨーロッパ全土へと広まっていく過程の「翻訳」に理由がある。

  • 「セミって何?」という北方の読者たち
    • イソップ寓話はその後、ラテン語などに翻訳され、ヨーロッパ北部(アルプス以北)の国々へと伝わっていった。
      しかしここで問題が起きる。温暖な地域に生息するセミは、フランス北部やイギリス、ドイツといった寒冷な地域では、ほとんど見かけない昆虫だったのだ。
  • 翻訳者たちの「ローカライズ」
    • 見たこともない「セミ」が主人公では、読者(特に子供たち)に物語の情景が伝わらない。そこで各国の翻訳者たちは、自国の読者にとってなじみ深い「夏に鳴く昆虫」へと主人公を置き換える工夫(ローカライズ)を行った。
      その結果、英語圏ではバッタ(Grasshopper)、ドイツ語圏ではコオロギ(Grille)、そして日本に伝わる過程で「キリギリス」へと姿を変えていったと考えられているのである。
ブクブー
ブクブー

「『セミって何?』って言われちゃうから、現地の虫にキャスティング変更したんだブーね!翻訳家さんのファインプレーだブー!」


第三章:実は「キリギリス」の方が理にかなっている?

日本人からすると、「セミが冬まで生きているはずがないから、話の辻褄が合わないのでは?」と疑問に思うかもしれない。

  • 短命なセミと、秋まで生きるキリギリス
    • 日本のセミは夏の終わりに寿命を迎えるため、「冬になって食べ物に困る」という設定には確かに違和感がある。
      一方、キリギリスの仲間には秋深くまで生きる種類もおり、「冬の足音が聞こえるまで生き延びたが、結局寒さと飢えに直面する」という展開としては、セミよりもキリギリスの方が、生物学的なイメージに合致しやすいとも言える。
      日本で『アリとキリギリス』というタイトルがすんなりと定着し、違和感なく受け入れられた背景には、こうした「日本の自然感覚」との親和性もあったのだろう。

終章:変化しながら生き続ける物語

ちなみに、16世紀末に日本に伝わった宣教師による翻訳本『天草版伊曽保物語』では、原典に近い『蝉と蟻との事』として紹介されているという記録もある。その後、明治時代以降の様々な翻訳を経て、日本では最終的に「キリギリス」が主流となっていった。

結論として、『アリとキリギリス』の主人公は、古代ギリシャの「セミ」から始まり、ヨーロッパの気候事情による翻訳の都合で「キリギリス」や「コオロギ」へと姿を変え、世界中へ広まっていった。

時代や国境を越えるたびに、その土地の人々に最も伝わりやすい姿へと変化していく。それこそが、イソップ寓話が何千年もの間、世界中で愛され続けている最大の理由なのかもしれない。

教養海外生物雑学
NEWS OFFをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました