2022年10月29日、韓国・ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)。 ハロウィンを楽しもうと集まった人々が、狭い坂道で激しく圧迫され、多くの命が失われた。
あれから4年。
この事故を「人が多すぎて、誰かが転んだ事故」と記憶している人もいるかもしれない。
しかし、悲劇を理解するには、転倒した瞬間だけを見ても足りない。
なぜ人が動けなくなるほど密集したのか。なぜ、危険を訴える声がありながら、人の流れを止められなかったのか。
本稿は、現場の構造と群衆の動き、事故前後の対応をたどり、梨泰院の雑踏事故が起きた理由を解き明かすレポートである。
第一章:狭い坂道に、人が入り続けた
現場となったのは、梨泰院駅近くの大通りと、飲食店が集まる通りを結ぶ坂道だった。
両側を建物に挟まれ、横へ逃れる余地は少ない。警察の捜査発表では、最も狭い部分の幅は約3.2メートル未満とされた。

- 通れる人数には限りがあった
- 狭い通路では、一度に通過できる人数が限られる。そこへ、通り抜ける人数を上回る人が入れば、内部に人がたまっていく。
- 異なる方向へ進む人が重なった
- 坂道を上る人、下る人などの流れが重なり、思うように進めない状態になった。
- 坂道では、姿勢を立て直す空間も必要になる
- 押されて体勢を崩しても、足を踏み出せる隙間がなければ踏みとどまれない。転倒が起きると、人が重なって倒れ、さらに身動きが難しくなる。
警察の捜査では、群衆に押され、足が地面から離れたまま前後へ動かされる人もいたと説明されている。自分の足で立ち、自分の意思で進むことさえ難しい状態だったのである。
第二章:密集が進むと、「押さない」という意思だけでは止まれない
通常の人混みなら、前の人が止まれば、自分も足を止められる。
しかし、極端な密集では、その当たり前が成り立たなくなる。

- 人の体を通して、力が伝わる
- 周囲と体が密着すると、後方や横から加わった力が、人から人へ伝わる。自分が動こうとしていなくても、体ごと押し動かされてしまう。
- 前で起きた異変が、後ろには見えない
- 前方で人が倒れたり、呼吸が苦しくなったりしても、離れた場所からは分からない。後方では進めると思い、人の流れが続くことがある。
- 小さな動きが、周囲を大きく揺さぶる
- 身体を支え直そうとする動きも、密着した周囲へ伝わる。逃げる隙間のない群衆では、個人が動きを制御することが難しくなる。
この段階では、「押さないで」と呼びかけるだけで、安全な状態へ戻せるとは限らない。
押すつもりがない人も、押す力を伝える一人になってしまうからだ。
群衆安全の専門家は、こうした高密度の状態で生じる力は、人が抵抗したり制御したりすることが極めて難しくなり得ると説明している。

「ええっ…!自分で歩いてるんじゃなくて、波に流されるみたいに体が勝手に動かされちゃうんだブー!?想像しただけで息が詰まるブー…。」
第三章:倒れなくても、呼吸ができなくなる
雑踏事故というと、倒れた人が踏まれる場面を想像しやすい。 しかし、命を脅かすのは、足で踏まれることだけではない。

- 胸や腹が圧迫される
- 呼吸には、胸郭や横隔膜などの動きが必要になる。周囲から強く押さえつけられると、その動きが妨げられ、十分に息を吸えなくなる。
- 立っていても危険になる
- 人と人の間に挟まれ、胸などを強く圧迫されれば、倒れていなくても窒息する危険がある。
- 人が重なることで、さらに圧迫が強まる
- 転倒した人の上へ別の人が倒れると、下にいる人は体を動かせず、自力で抜け出すことも難しくなる。
2023年の警察捜査では、群衆の圧力による圧迫性窒息が主な死因とされた。
その後、特別調査委員会が公表した医学的な再検証では、胸腹部の圧迫だけでなく、口や鼻が塞がれたこと、首への圧迫なども区別して調べる必要が示された。
人が密集すること自体が、呼吸できない状況を生む。
この点を押さえると、梨泰院の事故を、単なる転倒の連鎖として捉えるだけでは不十分だと分かる。

「立ったまま息ができなくなるなんて怖すぎるブー…。群衆の力って、本当に容赦ないんだブーね。」
第四章:危険を知らせる通報は、事故の前からあった
現場の形状や群衆の動きだけでは、事故の全体像は説明できない。
危険な密集になる前に、人の流れを調整する対応がなぜ機能しなかったのかも、重要な問題である。
午後6時34分には、すでに群衆の危険を訴える警察への通報があった。その後も、重大な事故につながりかねない状況を知らせる通報が続いていた。

- 危険の訴えを、群衆管理につなげられなかった
- 通報を受けるだけでなく、現場の密集を把握し、流入を抑えるなどの措置へ結びつける必要があった。
- 事前準備と初動対応の不十分さが指摘された
- 2023年に捜査結果を発表した警察は、準備不足や不適切な対応を、事故の主な原因に挙げた。
- 4年後も、対応の検証は続いている
- 2026年10月27日、特別調査委員会は中間結果として、圧死の危険を警告した11件の通報に警察が対応していなかったと指摘した。以前の「4件には出動した」という警察側の説明と食い違い、記録が変更された経緯なども調査対象になっている。
最後に誰が押したのか、誰が最初に倒れたのか。
その瞬間だけに原因を求めると、危険な密集が生まれるまでの過程を見失ってしまう。
なぜ人が入り続けたのか。なぜ、危険の訴えが流入制限や動線の整理につながらなかったのか。
そこまでさかのぼる必要がある。
終章:自分で動けなくなる前に、流れを管理する
梨泰院の悲劇は、狭い坂道への人の集中、極端な密集による圧迫、そして危険を抑える対応の不十分さが重なって起きた。
混雑がある段階を超えると、個人の注意や体力だけでは、自分の体を守れなくなる。
だからこそ、人が入ってから何とかするだけでなく、身動きが取れなくなる前に、通路へ入る人数や進む方向を管理することが重要になる。
犠牲になった人々は、ハロウィンの夜を楽しもうとしていた。
その人々が、なぜ自力では逃れられない状況に置かれたのか。
事故を振り返る意味は、最後の瞬間の行動だけを問うことではない。
その状況が生まれるまでに、どこで危険を捉え、何を変えられたのかを考え続けることにある。




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