漫画の登場人物が亡くなり、現実の世界で葬儀が営まれる。 それほどまでに、読者が物語の人物を身近に感じた作品がある。『あしたのジョー』である。
同作などで知られる漫画家のちばてつやさんが、10月22日に亡くなった。87歳だった。少女漫画から学園漫画、スポーツ漫画まで幅広く手がけ、後進の育成にも力を注いだ。
『あしたのジョー』という題名や、主人公がリングのコーナーに座る姿は知っていても、物語を通して読んだことはない。そんな人もいるだろう。
なぜ、このボクシング漫画は、競技の枠も、漫画の枠も越えて受け止められたのか。
本稿は、ちばさんの代表作を知らない世代にも、その物語と社会的反響を紹介し、人々の心に残る理由をたどるレポートである。
第一章:『あしたのジョー』は、どんな物語だったのか
『あしたのジョー』は、原作・高森朝雄さん、漫画・ちばてつやさんによる作品だ。高森朝雄は、『巨人の星』などでも知られる梶原一騎さんの別名義である。
連載は、1967年12月に発売された『週刊少年マガジン』1968年1月1日号で始まった。
主人公は、矢吹丈。通称「ジョー」。
物語は、彼が最初から立派な選手として活躍するところから始まるわけではない。

- 才能を見いだす、丹下段平
- 元ボクサーの段平は、ジョーにボクシングの才能を見いだす。しかし、ジョーはすぐにその期待へ応えるような、素直な少年ではない。
- 生き方を変える、力石徹との出会い
- 少年院で出会った力石が、ジョーにとって大きな存在になる。強い相手に挑む気持ちが、ボクシングへ向き合う力になっていく。
入口は、才能ある若者がボクサーとして成長する物語である。
しかし、その先で描かれるのは、試合の勝敗だけではない。誰と出会い、何を失い、それでも何のためにリングへ上がるのかという、一人の人間の歩みなのだ。

「ただケンカが強いだけの不良少年が、ライバルのおかげで本物のボクサーになっていくんだブーね!胸アツだブー!」
第二章:ライバルは、倒せば終わる相手ではなかった
スポーツ漫画のライバルには、主人公が乗り越えるべき壁という役割がある。 力石も、ジョーが追いかける強敵だった。
だが、二人の関係は、勝者と敗者を決めれば終わるものではなかった。

- 同じリングで戦うための、過酷な減量
- ジョーより体格の大きな力石は、同じ階級で対戦するため、厳しい減量に挑む。試合前から、二人の対決には身体と意志を削る重さが加わっていた。
- 対決の後に訪れる、力石の死
- 力石はジョーとの試合後に亡くなる。追い続けてきた相手を失ったジョーには、その後も深い影響が残る。
力石は、倒したら次の強敵へ進めばよい、という存在ではない。
相手がいたからこそ、自分はここまで来られた。その相手を失うことで、ジョー自身の生き方も揺さぶられる。
強敵との対決が、そのまま人間同士の関係を描く物語になっている。そこに、競技を詳しく知らなくても読み入ってしまう理由の一つがあると考えられる。

「ライバルが死んじゃうなんて衝撃的すぎるブー…。ゲームみたいに『はい、次のステージ!』とはいかないのがリアルだブー。」
第三章:読者は、力石の死を誌面の外でも受け止めた
力石の死は、大きな反響を呼んだ。
1970年には、劇作家の寺山修司さんらの呼びかけによって、講談社の講堂で力石の葬儀が営まれた。漫画の登場人物の死に、現実の人々が集まったのである。

- 架空の人物でも、別れは心に残る
- 読者は、力石が実在しないことを知らなかったわけではない。それでも、物語を通じて見守ってきた人物の死が、誌面を閉じるだけでは終わらない出来事になった。
- 作品が、当時の社会の言葉にもなった
- 同年のよど号ハイジャック事件では、犯行グループが『あしたのジョー』を引用した声明を残した。作品が若者の間に広く浸透していたことを示す出来事として、繰り返し紹介されている。
ただし、読者や社会が作品をどう受け取ったかと、作者自身の考えは同じではない。
事件での引用を、作者がその行動を支持していた証拠のように扱うことはできない。
葬儀や声明への引用は、それぞれ性質の異なる出来事だ。それでも、『あしたのジョー』が娯楽として読まれるだけでなく、現実の感情や言葉にも入り込んだ作品だったことが分かる。
第四章:「原作を絵にする」だけでは生まれなかった物語
『あしたのジョー』を語るうえでは、原作者と漫画家、二人の仕事にも目を向けたい。
力石の過酷な減量には、創作の過程で生まれた経緯がある。
ちばさんが力石を大きな体格で描いたことで、ジョーと同じ階級で戦わせるために、減量のエピソードが加わったという。

- 描かれた身体が、物語に影響する
- 大きく立ちはだかるライバルの姿が、同じリングへ上がるための困難を生んだ。その困難が、対決の切実さにつながっていった。
- 筋書きと表情が、人物を作る
- 何が起きるかに加え、人物がどんな顔で黙り、どう立ち、どう動くか。漫画では、そうした描写によっても感情が伝わる。
原作と漫画は、完成した話をそのまま絵へ置き換えるだけの関係ではない。
『あしたのジョー』には、物語を書く仕事と、人物を描く仕事が影響し合うことで生まれた展開もあったのである。
第五章:ジョーだけではない、ちばてつやの漫画
ちばさんの仕事は、『あしたのジョー』一作にとどまらない。
少女漫画で活躍した後、少年漫画へと活動を広げ、さまざまな題材の作品を送り出した。

- 学園漫画『ハリスの旋風』
- 学校を舞台に、型にはまらない少年の活躍を描いた。
- 剣道、相撲、ゴルフの世界へ
- 『おれは鉄兵』『のたり松太郎』『あした天気になあれ』など、異なる競技を題材にした作品も手がけた。
- 晩年には、自分の暮らしや記憶を描く
- 『ひねもすのたり日記』では、身近な出来事や過去の体験を漫画にした。大きな勝負の場面だけでなく、日々の生活にも目を向け続けた。
2024年には、漫画家として初めて文化勲章を受章した。文部科学省の受章者一覧にも、漫画分野の受章者として名を連ねている。
題材は違っても、人がどう振る舞い、誰と関わり、どう生きていくのかを描く。
その幅広い仕事の中に、『あしたのジョー』も位置している。
終章:名前しか知らなかった作品を、開いてみる
『あしたのジョー』は、強いボクサーが勝ち続けるだけの物語ではない。
才能を見いだす人がいて、追いかけたい相手がいて、失った後にも人生が続いていく物語である。
力石の葬儀が営まれたという出来事は、その人物が読者にとって、簡単には別れられない存在になっていたことを伝えている。
ちばてつやさんが残したのは、有名な題名や印象的な一場面だけではない。
その場面へ至るまでに積み重ねられた、人物たちの表情や関係、日々の出来事でもある。
名前だけは知っている『あしたのジョー』。
そのページを開くことは、かつて人々が何に心を動かされたのかを、自分自身の目で確かめる機会にもなる。




コメント