松崎しげるはなぜ日焼けにハマった?──元々の色黒が企業努力に?究極の“自己ブランディング”

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名曲『愛のメモリー』の圧倒的な歌唱力とともに、私たちの脳裏に鮮烈に浮かび上がるのは、白い歯が際立つ「褐色の肌」だ。 夏であれば理解できる。しかし、日差しが弱まり、人々が厚着をする真冬であっても、歌手・松崎しげる(76)の肌は決して白くならない。

なぜ彼は、年齢を重ねてもなお、あの黒さを維持し続けているのか。

趣味のサーフィンやゴルフの延長なのかと思いきや、本人はその理由を、冗談交じりにこう表現している。

「企業努力」である、と。

本稿は、一人の歌手の「肌の色」がいかにして国民的なアイコンとなり、本人も楽しみながら守り続ける、最強の自己ブランディングへと昇華していったのかを解き明かすレポートである。


第一章:始まりは「野球少年」と「時代の空気」

最初から「黒さを売りにしよう」という戦略があったわけではない。出発点は極めて自然なものだった。

  • 生来の肌質と野球
    • 少年時代、屋外で野球に打ち込んでいた彼は、もともと日光を浴びると肌が黒くなりやすかった。
  • 1970年代の「日焼け=ステータス」
    • 彼がデビューした1970年代、小麦色の肌は現在とは異なる意味を持っていた。海外旅行やマリンスポーツが普及し始めた当時、日焼けした肌は「太陽の下で余暇を楽しむ豊かな生活」や「健康的で精力的な男らしさ」の象徴であった。
    • 持ち前の明るいキャラクターと力強い歌声に、この褐色の肌は完璧にマッチし、彼の魅力の土台となった。

第二章:世間の「期待」という名の呪縛

松崎が意図的に日焼けを維持するようになった最大の要因は、本人の嗜好以上に、「世間からの強烈な認知」にあった。

  • 「松崎しげる=黒」という代名詞
    • 芸能界には歌が上手い人間は無数にいる。しかし、「顔を見た瞬間(色の黒さ)で誰か分かる」という視覚的なインパクトを持つ存在は稀有である。
    • テレビに出演するたびにその黒さが話題となり、世間は彼を「黒い歌手」として面白がり、愛した。
  • 期待を裏切らないプロ意識
    • もし彼が冬になって急に色白になれば、視聴者は「松崎しげるっぽくない」と違和感を抱くだろう。彼は、世間が求める「松崎しげる像」を受け入れ、その期待に応えるようになったのである。
ブクブー
ブクブー

「ええっ!『みんなが黒い僕を待ってるから、黒くならなきゃ!』っていうプロ根性だったんだブー!?プレッシャーが半端ないブー!」


第三章:自宅の「フロリダ」と事務所の「マイアミ」

この「黒い自分」を維持するため、彼は途方もない時間とコストを投じている。

※画像はイメージです。
  • 170万円の投資と運用
    • 本人の言によれば、黒さの約80%は自然の太陽光によるものだが、日差しの弱い10月から2月にかけては「機械の力」を借りざるを得ない。
    • 彼は自宅と事務所に日焼けマシンを設置しており、自宅のマシンは約170万円と紹介されたこともある。自宅のマシンを「フロリダ」、事務所のマシンを「マイアミ」と名付け、「ちょっとマイアミに行ってくる」と称して週に1回、約30分間肌を焼いているという。
  • 「企業努力」の正体
    • ピアニストが指を保護し、アスリートが筋肉を鍛えるように、松崎しげるは「松崎しげるらしさ」を保つために肌を焼く。これは単なる美容や趣味ではなく、「自社の看板商品を維持するための、徹底した品質管理(企業努力)」なのである。
ブクブー
ブクブー

「マイアミ(事務所)に日焼け出張してたんだブー(笑)。自分自身のメンテナンスにお金をかける、まさにプロの経営者だブー!」


第四章:「まつざきしげるいろ」が文化になるまで

その徹底したブランディングは、ついに彼個人の肉体を離れ、文化やビジネスへと拡張されていった。

  • テレビ企画から生まれた「色」
    • かつてフジテレビ系『トリビアの泉』の企画で、サクラクレパスの協力により、当時の松崎の肌に近い色を絵の具で再現した。その配合は「朱色45%、黄色25%、白16%、緑14%」。黒の絵の具を一切使わずに作られたその深みのある褐色は、番組内で「まつざきしげるいろ」と呼ばれた。
  • 「黒フェス」の開催
    • さらに、「クロ」と読める9月6日は日本記念日協会により「松崎しげるの日」に認定。彼はこの日を中心に、黒にゆかりのあるアーティストを集めた音楽イベント「黒フェス」を主催している。
    • 個人の肌の色が、絵の具の色名になり、記念日になり、興行にまで発展した。芸能史において、これほど見事な「身体的特徴のコンテンツ化」は他に類を見ない。

第五章:【注意】決して真似をしてはいけない医学的現実

ここで、公平な視点から極めて重要な事実を指摘しておく。

  • 「日焼けマシン」の隠されたリスク
    • 松崎本人は長年焼き続けても「医者に肌が若いと驚かれた」と語っているが、これは松崎個人の肌の状態についてのエピソードであり、長期間の日焼けが一般に安全であることを示すものではない。
    • 世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)は、日焼けマシン(人工紫外線)を「人に対して発がん性がある(グループ1)」に分類している。
    • 日焼けを繰り返せば、深刻な光老化(シミやシワ)や皮膚がんなどのリスクを高める。松崎の肌が健康的に見えるからといって、同じ方法を真似してよいわけではない。

終章:彼が焼いているのは「ブランド」である

結論として、松崎しげるが冬でも黒い理由は、「自然に生まれた『松崎しげるらしさ』を、世間の期待に応える“企業努力”として維持しているから」であった。

自分の自然な特徴を世間が面白がり、それを否定するのではなく、むしろ極限まで研ぎ澄まして自らの武器(代名詞)へと変換する。これこそが、タレント生存競争の激しい芸能界における、究極のサバイバル術である。

テレビの画面越しに見えるあの輝くような褐色の肌は、単なる日焼けの跡ではない。 半世紀をかけて育て上げられた、松崎しげるという表現者の代名詞なのである。

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