ホテルでの朝食、焼き肉、スイーツ。好きなものを好きなだけお皿に取って食べるスタイルを、日本では当たり前のように「バイキング」と呼ぶ。
しかし、海外のレストランで「Viking(バイキング)はありますか?」と尋ねても、食べ放題の意味ではほぼ通じない。北欧の航海者を指す言葉として受け取られる可能性が高いだろう。
なぜなら、バイキング=食べ放題というのは、日本で生まれた「和製英語」だからである。
本来の「Viking」とは、8世紀から11世紀ごろにヨーロッパ各地で活動した北欧の航海者を指す言葉だ。
なぜ、荒々しい北欧の海賊が、日本では「食べ放題」の代名詞になってしまったのか。
本稿は、この奇妙な言葉の変遷と、「ビュッフェ」との本来の意味の違い、そして日本初の食べ放題レストランが誕生した歴史的背景を解き明かすレポートである。
第一章:「ビュッフェ」は必ずしも食べ放題ではない
日本人は「バイキング」と「ビュッフェ」をほぼ同じ意味で使っているが、本来の意味には違いがある。

- ビュッフェ(buffet)=「形式」のこと
- フランス語由来の言葉で、もともとは料理を置く「飾り棚」や「配膳台」を意味していた。そこから転じて、「客が料理を自分で取り分ける(セルフサービス)」という提供のスタイルそのものを指すようになった。 つまり、グラム単位の量り売り(従量課金)であっても、自分で取り分ける形式なら「ビュッフェ」と呼ぶことができる。必ずしも「定額で食べ放題」とは限らないのだ。
- バイキング=日本では「定額食べ放題」のこと
- 一方、日本で使われる「バイキング」は、一般に「一定の料金を払えば、好きなものを好きなだけ食べられる(定額食べ放題)」という料金システムを指す言葉として定着している。海外でこれを正しく伝えるなら、「All-you-can-eat(食べ放題)」となる。

「ええっ!ビュッフェって食べ放題のことじゃなかったんだブー!?形式と料金システムで、ちゃんと違いがあったんだブーね!」
第二章:すべては「帝国ホテル」のレストランから始まった
では、どのようにして「バイキング」という言葉が生まれたのか。そのルーツは、日本の名門「帝国ホテル」にある。

- 北欧の伝統料理「スモーガスボード」との出会い
- 1957年、当時の帝国ホテル社長・犬丸徹三は、デンマークで北欧の伝統的な食事形式「スモーガスボード(肉や魚、パンなどを自由に取って食べるスタイル)」に出会い、感銘を受けた。
彼は、のちにNHK『きょうの料理』でも活躍する名シェフ・村上信夫にこの研究を命じ、日本向けの新しいレストランを構想した。
- 1957年、当時の帝国ホテル社長・犬丸徹三は、デンマークで北欧の伝統的な食事形式「スモーガスボード(肉や魚、パンなどを自由に取って食べるスタイル)」に出会い、感銘を受けた。
- 「スモーガスボード」では売れない
- しかし、この「スモーガスボード」という名前は、当時の日本人には発音しにくく、覚えにくいものだった。そこで、新しい業態にふさわしい、キャッチーな「別の名前」をつける必要に迫られたのである。
第三章:ヒントは「海賊映画」にあった
開業当時、ある海賊映画が話題となっていた。 それが、北欧の海賊たちの活躍を描いたハリウッド映画『バイキング(The Vikings)』(1958年、カーク・ダグラス主演)である。

- 「豪快な食事」のイメージが合致
- 映画に登場する海賊たちの豪快な食事風景から着想したとも紹介されており、その「好きなものを自由に、満足するまで食べる」というスケールの大きなイメージが、新レストランのコンセプトと重なった。
- 「インペリアルバイキング」の誕生
- こうして1958年8月1日、帝国ホテルの新レストランは『インペリアルバイキング』と名付けられ、オープンした。
昼1200円、夜1500円という、当時の宿泊料金と変わらないほどの高額な店であったにもかかわらず、「好きなだけ食べられる」という未知のエンターテインメントは人々を熱狂させ、連日行列を作る大成功を収めた。
- こうして1958年8月1日、帝国ホテルの新レストランは『インペリアルバイキング』と名付けられ、オープンした。

「スモーガスボード…確かに一回聞いただけじゃ覚えられないブー!映画のタイトルをパクリ…インスパイアしたのが大正解だったんだブーね!」
第四章:一企業の「店名」が「食事形式の名前」へ
インペリアルバイキングの成功を受け、全国のホテルや飲食店にも、この「食べ放題スタイル」が広がっていった。

その際、わかりにくい「スモーガスボード」という言葉ではなく、すでに大ヒットして世間に認知されていた「バイキング」という呼び名が、後発の店でも使われるようになったのである。
こうして帝国ホテルの一軒のレストラン名だった「バイキング」は、店名を離れ、日本全国の「定額食べ放題」を指す共通言語へと変化していったのだ。
終章:テーブルに残る昭和の熱気
結論として、日本で食べ放題をバイキングと呼ぶのは、「帝国ホテルが北欧の食文化を取り入れた際、当時話題となっていた海賊映画から着想を得て『インペリアルバイキング』という店名をつけたから」であった。
荒海を渡った海賊たちが、実際に「食べ放題」と名付けて食事をしていたわけではない。 しかし、戦後の日本人が豊かさを求めて新しい食のスタイルに熱狂したあの時のエネルギーと、映画の豪快なイメージは、見事にマッチしていたと言えるだろう。
次にホテルでトングを握り、お皿いっぱいに料理を盛る時。
「バイキング」というその言葉の中に、日本の食文化を切り拓いた料理人たちの知恵と、昭和の活気が今も息づいていることを、少しだけ思い出してみてはいかがだろうか。



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