秋、スーパーに「平核無(ひらたねなし)」という柿が並ぶ。名前に馴染みはなくとも、種がなくて甘い柿として食べたことのある人は多いはずだ。
だが、この品種は本来、かじれば口の中がしびれるほど渋い「渋柿」である。干してもいない、硬いままの実から、あの強烈な渋さだけが消えている。
どうやって渋を抜くのか。
本稿は、柿の渋みの正体と、それを感じなくさせる「脱渋」の仕組みを解き明かすレポートである。
第一章:渋さの正体は「溶けるタンニン」
渋柿をかじったときの、あの口の中がキュッと引き締まる感覚。あれは、実は味ではない。

- 渋みの正体
- 柿の渋みはタンニンという成分によるもの。タンニンが唾液に溶け出し、口の中のタンパク質と結びつくと、粘膜が変性して「渋い」と感じる。これを収斂(しゅうれん)作用という。
- 「溶ける」ことが条件
- タンニンには、水に溶けるものと溶けないものがある。渋く感じるのは、水溶性のタンニンだけである。溶けなければ、唾液と出会うこともない。
- 渋柿と甘柿の差
- 渋柿の実には、この水溶性タンニンが大量に含まれている。逆に言えば、タンニンを「溶けない形」に変えさえすれば、渋柿は甘く食べられるはずである。
つまり渋抜きの課題は、タンニンを取り除くことではない。「溶けなくする」ことにあった。

「渋いの、正体は溶けるタンニンだったブー!」
第二章:消すのではなく、姿を変える
渋を感じなくさせる変化の主役は、アセトアルデヒドという物質である。

- タンニンをくっつける
- 柿の実の中でアセトアルデヒドが生まれると、水溶性タンニンの分子同士が結びつき、大きな塊になる。大きくなったタンニンは水に溶けなくなり、唾液とも反応しなくなる。
- 渋み成分は実の中に残っている
- 脱渋した柿を切ると、果肉に茶色い斑点が見えることがある。「ゴマ」と呼ばれるこの斑点こそ、姿を変えたタンニンの集まりだとされる。渋みは消えたのではなく、実の中に残ったまま、舌に触れられなくなっただけなのである。
- 鍵は「酸素を遠ざける」こと
- アセトアルデヒドは、柿が酸素の少ない状態に置かれると生まれる。呼吸を妨げられた実は、内部で発酵のような反応を起こし、糖からアルコールとアセトアルデヒドを作り出す。
では、どうやって柿を酸素不足にするのか。その工夫が、各地に伝わる渋抜きの方法だった。
第三章:どの方法も、行き着く先は同じ
渋抜きの方法はさまざまだが、たどり着く先はすべて同じ反応である。

- 焼酎を使う「さわし柿」
- 柿のヘタに焼酎を付け、ビニール袋に密封して1週間ほど置く昔ながらの方法。アルコールが実にしみ込み、アセトアルデヒドへと変わる。家庭でもできる代表的な脱渋で、食味が良いとされる。
- 炭酸ガスで一気に抜く
- 現在の出荷の主流は、密閉した容器に炭酸ガスを満たす方法である。ガスに包まれた実は呼吸ができず、およそ1日の処理と数日の休息で渋が抜ける。平核無のような渋柿品種は、この方法で全国の店頭に並んでいる。家庭ではドライアイスでも代用できる。
- 干し柿も、同じことをしている
- 干し柿は、皮をむくのが第一歩である。むかれた表面が乾いて膜になると、実は酸素を通しにくくなり、内部で同じ発酵が進む。乾燥と渋抜きが、同時に行われていたのである。
- お湯に浸ける方法も
- 40度ほどのお湯に実を浸す「温湯脱渋」もある。湯の熱と水の遮断が、実を酸素不足へ追い込む。
焼酎、炭酸ガス、お湯、そして干し柿。道具は違っても、やっていることは一つ。「実の中でアセトアルデヒドを作らせる」ことだった。

「ぜんぶ同じ手品だったブー!」
第四章:木の上で自分で抜いてしまう柿
一方で、人の手を借りずに渋を消してしまう柿もある。

- 甘柿は木の上で脱渋する
- 富有柿に代表される甘柿は、木に成ったまま熟す過程で、自分でタンニンを溶けない形に変えてしまう。種の働きでアセトアルデヒドが生まれ、収穫の頃には渋みが消えている。長い年月をかけて、人間が選び抜いた品種である。
- ぐじゅぐじゅに熟しても抜ける
- 渋柿でも、完熟して柔らかくなるまで置けば渋は消える。ただし、硬い実の食感は失われる。「硬いまま、甘く」が、脱渋技術の存在理由だった。
- 戻ってしまう渋もある
- 注意したいのは「渋戻り」。脱渋した柿を加熱すると、再び渋みを感じることがあるとされる。タンニンの変身は、条件次第で揺り戻しがあるのだ。
渋柿は、放っておいてもいずれ渋が和らぐ。ただし「今日、硬いまま食べたい」という人間の都合に合わせるには、ひと手間が要ったのである。
終章:渋は消えていない
結論である。柿の渋抜きとは、渋みを取り除く作業ではない。
渋みの成分タンニンは、脱渋後も実の中に残っている。ただ、水に溶けない形に姿を変え、舌に触れなくなっただけである。焼酎も、炭酸ガスも、干し柿の乾燥も、すべては実の中で起きる一度の変身を手助けする方法だった。
秋の店頭で、甘い平核無を手に取ったら思い出してほしい。その実の中では今も、渋みの成分が茶色い斑点となって静かに眠っている。私たちは渋のない柿を食べているのではない。「渋を感じない柿」を食べているのである。

「渋み、引っ越しただけだったブー!」




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