秋の味覚の代表格である「栗」。
茶色くつやのある実と、それを包み込むトゲだらけの「イガ」は、秋を感じさせるおなじみの姿である。
ところで、あの鋭いトゲは、植物の「どの部分」に当たるのだろうか。
栗の皮の外側から生えているようにも見えるが、イガと茶色い皮は、成り立ちの異なる部分である。
実は、あのイガと中の栗は、一つの果実の「皮と中身」という関係ではない。
本稿は、栗のイガの正体を入り口に、私たちが普段食べている部分が果実の中でどのような位置づけになるのか、その構造を解説するレポートである。
第一章:イガの正体──雌花を包んでいた「総苞」
あのトゲトゲした「イガ」は、茶色い果実の皮から生えているわけではない。

- 花を包む部分が発達したもの
- イガになるのは、栗の雌花(めばな)を包んでいる「総苞(そうほう)」という部分である。総苞とは、花の周囲に集まる、葉が変化した「苞」による包みのこと。
- 初夏に花が咲く頃には、すでに直径約3ミリの緑色の部分が見られる。それが果実の成長とともに発達し、秋にはおなじみのイガになる。
- 総苞の外側には多数の針がある。つまり、イガは花を包んでいた部分が育ったもので、トゲはその表面にあるのだ。
栗拾いで目にするイガは、秋になって突然できたものではない。花の頃からあった小さな包みが、果実を収める姿へと育ったのである。

「ええーっ!イガって実の皮じゃなくて、お花を包んでたコートみたいなものだったんだブー!?それがトゲトゲに進化するなんて驚きだブー!」
第二章:私たちが食べているのは「果肉」ではなく「種子」
イガが実の皮ではないとすると、植物としての「果実」はどこにあるのだろうか。
栗の構造を外側から順番にたどると、ふだん「皮」や「実」と呼んでいる部分の違いが見えてくる。

- 鬼皮(おにかわ):果実を包む「果皮」
- 栗を調理するとき、最初にむく茶色くて硬い皮。これが植物学上の「果皮」である。イガの中から出てくる、鬼皮に包まれた一粒が果実に当たる。
- 渋皮(しぶかわ):種子を包む「種皮」
- 鬼皮の下にある、ぴったりと張りついた薄い皮。これは「種皮」と呼ばれる。渋皮そのものも種子の一部であり、鬼皮をむいた渋皮付きの部分が種子に当たる。
- 食べる中身:主に種子の「子葉」
- 私たちが「栗の実」と呼んで、ほくほくと食べている黄色い中身。あれは主に、種子の中にある「子葉(しよう)」という部分である。 子葉には、発芽後の成長に使われる養分が蓄えられている。栗では、種子の周囲の果肉ではなく、種子の部分を食べているのだ。
イガ、鬼皮、渋皮は、どれも中身を包んでいるように見える。しかし、植物としては同じ種類の「皮」が何枚も重なっているわけではないのである。

「リンゴで言ったら、実じゃなくて真ん中の種を食べてるってことだブー!?僕たちはずっと『種』を美味しい美味しいって食べてたんだブーね!」
第三章:なぜ一つのイガに「三つの栗」が入っているのか?
栗拾いをしたことがある人なら、一つのイガの中に、栗が二〜三個、詰まっているのを見たことがあるだろう。

- 一つの果実が分かれたわけではない
- 並んだ栗を見ると、一つの大きな実が、中で分かれたようにも見える。しかし、それぞれが別の花から育った果実である。
- 通常三つある雌花との関係
- クリの雌花は、一つの総苞、後のイガの中に、通常三つある。
- それぞれの花が果実へ成長するため、一つのイガの中に複数の栗が入る。
- つまり、イガは一粒の栗だけを包むものではなく、複数の花から育つ果実を、まとめて包む部分なのである。
ただし、すべての花が同じように果実になるとは限らず、受粉・受精やその後の発育によって、入る数は変わる。熟したイガの中には、一〜三個の果実が見られる。
秋にイガを開いたときの姿には、初夏に雌花が並んでいた頃の構造が残っているのだ。
終章:外側からたどると分かる、栗の成り立ち
私たちが「栗」と呼んで親しんでいるものは、外側からたどると、異なる部分が重なってできている。
花を包んでいた総苞が発達した「イガ」。その中に、果皮である「鬼皮」に包まれた果実が入り、さらに「渋皮」という種皮がある。私たちが主に食べるのは、その種子の「子葉」だ。
イガ・果皮・種皮・子葉は、それぞれ成り立ちの異なる部分である。
調理するときには、取り除くものとして意識しがちなイガや皮。しかし、その正体を知ると、小さな花から果実が育ってきた過程も見えてくる。
次に栗ご飯やモンブランを口にするときは、その中身が種子だったことを思い出してみたい。見慣れた秋の味覚にも、普段は意識していなかった植物の構造があるのである。



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