親から子へ贈られる最初のプレゼント、名前。
響き、画数、込められた願い。さまざまな思いから選ばれる名前だが、その扱いをめぐって大きな論争になった出来事がある。
1993年、東京都昭島市で提出された、男の子の名前を「悪魔(あくま)」とする出生届である。
いわゆる「悪魔ちゃん命名騒動」。当時、テレビや新聞で大きく取り上げられたこのニュースを覚えている人もいるだろう。
この事件を「親が奇抜な名前をつけようとして、役所の窓口で『そんな名前はダメだ』と断られた話」として記憶しているかもしれない。
しかし、経緯はそれほど単純ではなかった。
実はこの届出、一度は役所に受理され、戸籍にも「悪魔」と記載されていたのだ。
本稿は、なぜ一度受理された名前が消されたのか、そして親の命名権と子どもの利益、役所の手続きが法廷でどのように争われたのかを解説するレポートである。
第一章:名前に使える漢字ではあった
騒動の発端は1993年8月。父親が市役所に提出した出生届に端を発する。
名前としての意味はともかく、使われていた文字自体は、子どもの名前に使用できるものだった。

- 使える漢字のルール
- 日本の戸籍制度では、子どもの名前に使える漢字の範囲が、常用漢字や人名用漢字によって定められている。
- 「悪」も「魔」も常用漢字であり、使用できない文字が含まれていたわけではない。ただし、文字の条件を満たすことと、その名前が認められることは別の問題だった。
- 受理と、その後の「抹消」
- 市はいったん届出を受理し、戸籍に名前を記載した。
- しかし、その後、法務局と協議した結果、受理すべきではないと判断。すでに戸籍に記載した名前を抹消し、父親に別の名前を届けるよう求めたのである。
父親は、この対応を不服として家庭裁判所に申し立てた。一度受理した名前を後から抹消したことが、名前そのものの適否と並ぶ争点になった。

「ええーっ!最初はOK出しておいて、後から『やっぱダメだから消すね』って言われたら、そりゃお父さんも怒るブー!」
第二章:使える漢字でも、子どもの利益が問われた
法廷で争われたのは、「使える漢字の組み合わせなら、親は何と名づけても自由なのか」という問題である。

- 父親の考え:「刺激を成長の力に」
- 父親側には、目立つ名前によって周囲から注目され、そこで受ける刺激を、子どもが成長の力に変えられるという考えがあった。名前による負担にも、前向きな意味を見いだしていた。
- 裁判所の判断:「命名権の濫用(らんよう)」
- しかし、裁判所は、その負担を本人が乗り越えられる保証はないと考えた。名前によっていじめなどの不利益を受ける可能性を考慮し、この命名を命名権の濫用と評価した。
親が名前を決める立場にあっても、その自由には子どもの利益という観点から限界がある。
ここで問われたのは、単に名前が珍しいかどうかではない。親がその名前に込めた意味と、名づけられた本人が社会生活で受ける影響の両方だった。
「悪」と「魔」がそれぞれ使用できる漢字であっても、「悪魔」という名前を子どもにつけることまで、無条件に認められるわけではなかったのである。

「漢字のルールを守ってても、子供が苦労するような名前はダメってことなんだブーね。親の自由より子供の人生が大事だブー!」
第三章:裁判所が分けて考えた、名前と手続き
1994年1月31日、東京家庭裁判所八王子支部は、この問題について審判を示した。
裁判所は、「名前の適否」と「役所の手続き」を分けて判断したのである。

- 名前についての判断
- 「悪魔」という命名は命名権の濫用に当たるため、役所は出生届の受理を拒否することができるとした。
- 役所の手続きについての判断
- しかし、今回はすでに届出を受理し、戸籍に名前を記載していた。その後、市が行った抹消は適法ではなく、「悪魔」という記載を回復すべきだとした。
名前に問題があるという判断と、その記載をどう扱うかという判断は、同じではない。
受理する前に拒否できたとしても、受理した後は、戸籍を訂正するための法的な手続きを踏む必要がある。今回の抹消は、その手続きに基づいていないことが問題とされた。
市側は、この審判を不服として即時抗告した。その後、父親は別の名前を届け出て、申立てを取り下げたため、争いは終了した。
このため、家庭裁判所の審判は確定していない。「悪魔という名前が裁判で正式に認められた」とも、「不受理が正しいと最終的に確定した」ともいえない経緯だった。
終章:名前を決める親と、使って生きる子ども
「悪魔ちゃん命名騒動」は、名前の奇抜さだけで語り尽くせる出来事ではない。
親が名前を決める自由、子どもの利益、そして行政の手続きが、それぞれ問われた事例だった。
使える漢字であれば、どのように組み合わせてもよいのか。子どもの利益を守るために、行政はどこまで関与できるのか。そして、いったん受理した判断を改める場合には、どのような手続きが必要なのか。
名前を決めるとき、親はさまざまな願いを込める。一方、その名前を名乗り、書類に記し、学校や職場で呼ばれながら暮らしていくのは、子ども自身である。
名前を決める人と、その名前を使って生きる人は同じではない。
親の思いに加えて、名づけられる本人の立場からも考えること。この騒動を振り返ると、珍しい名前への驚きの先に、命名をめぐるその基本的な問いが見えてくる。




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